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森鴎外「栗山大膳」:史伝三部作への助走


「栗山大膳」は鴎外晩年の歴史小説のなかでは、あまり注目されなかった。非常に地味な印象だし、物語展開に劇的なところがない。小説としては中途半端だと受け取られるのも無理はない。この作品については鴎外自身「歴史其儘と歴史離れ」の中で触れており、これは「歴史其儘」を語ったものだと言っている。つまり鴎外の意識の中では、あくまでも史伝であって、小説とは思っていなかった。雑誌の編集者が独断で小説扱いしたというのである。

時期的には、「安井夫人」と「山椒大夫」に挟まれた時期の作品である。「安井夫人」も「山椒大夫」も、女性の生き方をテーマにしたものであり、その女性像はやがて、「最後の一句」を経て「渋江抽斎」における抽斎の妻五百において理想的な形として結実する。そうした女性をテーマとした一連の作品を書いていた時期に、鴎外は、封建社会を生きた男の生き方を取り上げたこの作品を書いたわけである。

だからこれは、「興津弥五右衛門の遺書」に始まる一連の作品、それらは男の意地をテーマとしたものだったが、その男の意地をテーマとする作品群の延長上に位置づけられるものである。だが多少ニュアンスの相違がある。先行作品はどれも、男の意地とか名誉といった感情を正面から描いているが、この「栗山大膳」には、それが前景化していない。この小説は、主君に逆らった侍の生きざまをテーマとしているのだが、その侍が主君にたてついた理由がいまひとつわからない。意地なのか、それとも忠義からなのか、そこが曖昧なのだ。その曖昧さが、この小説をわかりにくくし、そのわかりにくさが、小説全体の地味な印象とあいまって、評価を低くさせたということはいえる。

テーマは、筑前黒田藩におけるある種のお家騒動である。黒田藩に代々貢献した家柄の老臣が、新たに藩主となった主君との間に確執を生じる。その確執がのっぴきならぬ事態になって、老臣が主君の非を公儀に訴え出る。それについて、幕府から喧嘩両成敗的な処分が下されるという内容である。

小説は、老臣栗山大膳が幕府側に差し向けた使者を藩がとらえるところから始まる。それをきっかけとして、大膳がなぜそんな手段に打って出たか、その背景が前段で語られる。後段では、主君と大膳との間を幕府方が裁く。その結果藩主に形式上の処分が下される一方で、大膳は南部藩お預けということになる。南部藩では大膳を丁重にもてなしたというから、大膳もそれなりの処遇を受けたわけである。

その大膳が、主君との間で確執を深めていく過程が、前段で詳細に語られる。確執の理由は藩主の放逸にあり、その原因は藩主に取り入った新参者の狡猾にあったというふうに描かれる。のちにその新参者は失脚することになっているから、かれによって放逸に陥った藩主に非があるということになっているわけである。それについて大膳のほうにも、非がないわけではない。かれが藩主と確執を深めた理由は、藩主と新参者との関係に対するかれの嫉妬だったというふうに描かれており、したがって大膳は私怨から主君にたてついたというふうに伝わってくるのである。

ところが、幕府によって取り調べられる段になると、大膳は自分の行為を正当化する必要に迫られ、これは君側の奸をとりのぞいて、藩の運営を正常化するためにやむことを得ず行ったことだと申し開きする。その申し開きは、小説がそれまで語ってきた経緯とは結びつかず、いきなり出てくるので、読者としては、大膳による苦しまぐれの言訳のように聞こえるのである。

そんなことから、この小説は、筋書き上かなりの無理を感じさせる。その無理は、事実そのものから来ており、そこに鴎外の作為はないのかもしれない。鴎外自身、これは「歴史其儘」を描いたのであって、「歴史離れ」はしていないと言っている。だからおそらく、事実としては、大膳は、私怨から行ったことに理屈をつけるために、それを公憤だと装ったのであろう。いずれにしても、そういう行為は武士としては見苦しい部類に属するものであり、鴎外がそれまで取り組んできた武士の面目とは相いれない。そんなことを何故鴎外が、小説の題材として選んだのか。そこに疑問が残るところではある。

この騒動を鴎外は、記録にともづいて再現したのであろう。鴎外自身はそこに余計な手は加えておらず、事実をありのままに、しかも簡潔に書いたといっている。事実の骨格を淡々と書いたというような言い方をしている。だがその書き方に鴎外自身の価値観が介入することはありうる。この小説の中で鴎外は、主人公である栗山大膳を理想化しておらず、かといって表立って批判しているわけでもない。また、ほかの小説で、敵役として出てくる有能な官僚にあたるような人物も出てこない。そういう点ではこれは、かなり異様な印象を与える。事実の経緯そのものが人の共感を呼ぶような体裁を呈しておらず、登場人物には、大膳を含めて魅力を感じるような者は一人も出てこない。封建的な人間関係のなかで、卑屈というべき生き方をしている姑息な人間ばかりである。

というわけでこの小説には、取り立てて指摘できるようなモチーフは感じられない。もし指摘できるようなものがあるとすれば、それは封建的な秩序を保とうとする強烈な意思であろう。その意思は、裁く立場の幕府の役人によって体現されているが、鴎外自身もそれについて融和的だというふうに感じさせられる。鴎外は、出世した官僚であり、社会秩序という点については、かなり保守的な意識を持っていた。その意識がこの小説にも働いて、主従の確執から起こった秩序の危機が回避され、秩序が回復されたことに、鴎外は共感しているという風に伝わってくるのである。

ともあれこの小説は、封建時代における武士の生き方をテーマにした一連の作品の掉尾を飾るものである。この小説で、鴎外は「史伝」のスタイルについて一つの実験をしてみたのではないかというのが、もっとも当を得た見方だと思う。鴎外はその後、「渋江抽斎」に始まる史伝三部作を手掛けていくのであるが、その際に、この「栗山大膳」で試みた方法が役にたったのであろう。だとすればこの作品は、「史伝三部作」への助走だといえる。


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