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亡霊:草野心平の詩集「第百階級」から


「第百階級」の中にある「亡霊」という詩は、カエルの夢想を歌ったものである。カエルは日ごろ蛇によって捕らえられ食われる運命にある。ところがそのカエルが逆に蛇を捕らえて食ったらどんな気持ちがするだろうか。「つめたくぬるぬるしておいしい」だろうか。

無論生きているカエルが生きている蛇を食うなど考えることさえできない。だからカエルは亡霊とならなければ蛇を食うことができない。この詩にはそんな悲しい現実がこだましているのだ。


亡霊:草野心平

   蛇めがおれの口に食はれをるわ
   みみずのやうに食はれをるわ
   つめたくぬるぬるしておいしいわ

    わひ わひ わひ
      らりらら らりらら
 
   踊れるわ 踊れるわ
   脚が生えをるわ
   五本 六本 十本 十本

       わひ わひ わひ
       らりらら らりらら

  ウフフッ蛇めらが逃げをるわ
   畔から 畔から 田圃から 畔から
  逃げをるわ 逃げをるわ
  さあ みんな集まりなされ
   たんぽぽにすかんぽに火をつけなされ
  田のお祭りだ

   わひ わひ わひ
       らりらら らりらら

  青紫の 毒薬色の
  空が 田圃が
  ぐるぐるぐるぐる
  レンズになって廻りをるわ 廻りをるわ

この詩は政治的な視点からも解釈できる。カエルは弱い立場の労働者たちで、蛇は彼らを抑圧する資本家だ。カエルが亡霊となって抑圧者を抑圧する、共産党宣言そのままの光景がある。

だがこの詩は、もっと単純な視点から解釈したほうが、よりよく味わうことができる。自然の中で繰り広げられる生き物たちの生きるための戦いだと受け取れば、カエルの願望と仲間との共感が素直に伝わってくる。


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