日本語と日本文化


薤露青:宮沢賢治の詩を読む


薤露青とは韮の葉のように真っ青な夜の空と、その葉に丸く固まった露のように白い星をイメージしている。宮沢賢治の詩の中でもとりわけ美しいこの詩は、銀河を歌ったものであり、またその銀河を横切ってきらめき現れる魂の所在を歌ったものだ。

賢治は、人間はたとえこの世での生命を死んでも、宇宙全体という広大な世界の中では決して死ぬことはなく、どこかで永遠に生き続けるのだという確信を抱いていた。彼の代表作「銀河鉄道の夜」は、その確信を形に現したものだ。

銀河鉄道とは、地上と宇宙の架け橋であり、ひとはそれに乗ることによって、異次元の時空を旅することができる。その旅の中で、愛していた人たちの魂と交流することもできる。

この詩はそんな賢治の詩的な作業とつながるものである。韮の葉のように真っ青な夜の空と、その葉に丸く固まった露のように白い星、それは広大で崇高な銀河をイメージしている。賢治は銀河を歌うことで、魂の永遠性を歌っているのだ。

この詩はいわば「銀河鉄道の夜」の序奏ともいえるものだ。
               
  みをつくしの列をなつかしくうかべ
  薤露青の聖らかな空明のなかを
  たえずさびしく湧き鳴りながら
  よもすがら南十字へながれる水よ
  岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
  いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
  銀の分子が析出される
      ......みをつくしの影はうつくしく水にうつり
        プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
        ときどきかすかな燐光をなげる......

  橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
  この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
  水よわたくしの胸いっぱいの
  やり場所のないかなしさを
  はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
  そこには赤いいさり火がゆらぎ
  蝎がうす雲の上を這ふ
    ......たえず企画したえずかなしみ
        たえず窮乏をつゞけながら
        どこまでもながれて行くもの......

  この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
  わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
  うすい血紅瑪瑙をのぞみ
  しづかな鱗の呼吸をきく
      ......なつかしい夢のみをつくし......

  声のいゝ製糸場の工女たちが
  わたくしをあざけるやうに歌って行けば
  そのなかのはわたくしの亡くなった妹の声が
  たしかに二つも入ってゐる
      ......あの力いっぱいに
         細い弱いのどからうたふ女の声だ......

  杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
  そこから月が出やうとしてゐるので
  鳥はしきりにさはいでゐる
      ......みをつくしらは夢の兵隊......
  南からまた電光がひらめけば
  さかなはアセチレンの匂をはく
  水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
  灰いろはがねのそらの環
      ......あゝ いとしくおもふものが
        そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
        なんといふいゝことだらう......

  かなしさは空明から降り
  黒い鳥の鋭く過ぎるころ
  秋の鮎のさびの模様が
  そらに白く数条わたる

このように詩は、地上から見上げた銀河を描きながら、ときには銀河そのものの中にいる賢治を読者に想像させる。その想像が豊かであればあるほど、賢治は生命の輝きのすばらしさを、読者に教えてくれる。


    

  
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