日本語と日本文化
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日本語の乱れはコミュニケーションの希薄化が原因


言語学者野口恵子女史の著作「かなり気がかりな日本語」(集英社新書)を読んで裨益させられるところが多かった。題名から連想されるように、日本語の乱れを論じたものだが、女史はそれを単なる愚痴に終わらせずに、個々の実例を丹念に分析することによって、日本語の乱れの背景に法則性のようなものを追求しようとしている。そこのところが、筆者にはすがすがしく感じられた。

当世日本語の乱れを嘆くものは、その責任を若者になすりつけたがるものだ。そういう人たちは、昔の人は正しい日本語を話していたのに、近頃の若者は変な日本語を話すといって若者を責める。しかし女史によれば、変な日本語を話しているのは若者だけではない。大人たちも変な日本語を話している。そうした大人たちが若者にきちんとした日本語を教えていないから、若者は更にいっそう正しい言葉使いができなくなる。だからこれは日本人全体が自分のこととして受け止めるべき問題なのだ、そう女史はいう。

そんな変な日本語の例を、女史は次から次へとあげていく。はやり言葉、業界用語、つなぎの言葉、半疑問形のイントネーションといった風に、日ごろ誰しもが聞いて引っかかるところを感じたであろう言葉について、それらが変に思われる所以を明確に論じていく。何しろ女史は、これらの変な言葉に接するたびにそれを丹念にメモしておくばかりでなく、話者を意識的にインフォーマントに仕立て上げて、彼らの変な言葉遣いを組織的に収集しているというのだ。

変な言葉は聞いていて不愉快になるものだが、なかでも最も気になるのは誤った敬語の使い方だ。当世の若者は過剰ではないかと思われるくらい敬語を連発する傾向がある、それが本来の敬語の使い方から外れていて、実に耳障りに聞こえる。そう女史はいう。

たとえば「召し上がってください」というべきところを「いただいてください」という。これは尊敬語を使うべきところに謙譲語を使った誤った言い方だ。反対に身内のものについて話すときに、謙譲語を使うべきところで尊敬語を使う。「これは(私の父)ご自身のアレンジなんです。お書きになったそのままを」といった具合に。

当世の若者に見られる過剰な敬語は、丁寧語の氾濫という形で現れている。その結果、本来なら敬意を表すべきでない場面にまで丁寧語が使われる。「犯人の方は40台半ばの男性だということです」といった具合だ。これは普通なら「犯人は中年の男だということです」というべきところだ。何も犯罪者に敬意を表する必要はない。

謙譲語と尊敬語の取り違いや丁寧語の氾濫は、人々の話し方を実にくどいものにしている。そこには日本語としての美しさが感じられないばかりか、場合によっては聞く人をいらいらさせたり、怒らせたりもする。

女史はこうした現象の背後にあるものとして、日本人の間でコミュニケーションが希薄化している現実を指摘している。

たとえば「やまびこ挨拶」。デパートに入っていくと店員が客に向って次々と、それこそやまびこのように同じ挨拶を繰り返す。挨拶されて不愉快になる人はそう多くは無いと思うが、店員が判で押したように一様な挨拶を繰り返すのは不自然だと思う人はいるかもしれない。実際女史によれば「やまびこ挨拶」は客とのコミュニケーションを目的とした行為というよりは、店員たちのやる気を引き締めるための、内部向けのマニュアル化された行動パターンであるということだ。

つまり挨拶とはいいながら、それは客からの反応を期待していない。メッセージの送り手は、メッセージを発したというそのことだけで十分なのである。かえって客から挨拶が返ってくるとうろたえたりすることもある。

こうした一方的なメッセージは社会のあらゆるところ、あらゆる場面で発せられている。たとえば電車内で携帯電話の使用自粛を呼びかけるメッセージなどは、誰も気にはしないし、メッセージを発しているものも反応を期待していない。メッセージに従わない客がいるから注意しろなどという反応が返ってきたら、それこそ迷惑に感じるばかりだろう。

こうしたわけで、とてもコミュニケーションとはいえないようなメッセージのやり取りが社会に蔓延している。女史は「相手からのリアクションを求めないコミュニケーションは・・・いい加減で、傲慢で、暴力的な言語行動」といって憤慨している。たしかにこのようなコミュニケーションはコミュニケーションの名に値しないだろう。

今日の日本語が耳障りで腹立たしいものになっているとしたら、それはコミュニケーションのあり方に問題があるからだといえる。これが女史のいいたかったことのようだ。


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