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住民は何故無差別に殺されたか:NHKスペシャル「沖縄戦全記録」


NHKスペシャル「沖縄戦全記録」を見た。今年が戦後70周年であり、また先の大戦最後の日米決戦となった沖縄戦からも70周年にあたるというので、特集を組んだのだろう。沖縄戦については、まだ全貌が明らかにされていないと言われるので、こうした特集番組も意義を失っていないと思う。いづれにせよ、NHKとしては久しぶりに報道のプロとしての意気ごみを感じさせた番組と言える。

番組制作上の基礎資料となったのは、沖縄県が戦後生き残った県民8万数千人を対象に行ったという調査だ。このほか、沖縄戦を肌で経験した住民や、日本軍将校の生き残り、そして米軍関係者の証言などを重ねあわせながら、沖縄戦の全貌に迫ろうとしていた。

沖縄戦で死亡した日本人の正確な数は判っていないというが、番組ではそれを20万人と推定している。このうち日本軍兵士については、沖縄防衛にあたった第32軍10万人のうち8万人が戦死したという。だから残りが沖縄の住民ということになる。その数実に12万人、当時沖縄に住んでいた住民50万人のうちほぼ4人に1人が死んだ計算だ。

何故、こんなにも大勢の非戦闘員が死んだのか。番組では、その理由を明確には言っていないが、ひとつは日本軍の政策、もう一つは米側の姿勢に、それぞれ原因があるような言い方をしている。

当時沖縄防衛にあたった日本軍はわずか10万人。対してアメリカ軍は50万人を数えたから、兵力の差は圧倒的だった。どう見ても勝てるわけはない。しかし、投降するわけにはいかない。本国からは、一刻でも長く持ちこたえて時間稼ぎをするように指示されていたから、少ない兵力でアメリカ軍と対決しなければならない。そこで日本軍は、沖縄の住民たちを戦闘要員として最大限利用した。これが、住民が大量に殺された最大の理由だ、というように番組からは聞こえてくる。

アメリカ側の姿勢にも日本側の損害を増大させる事情があった。これは番組では言っていなかったことだが、米軍は、ペリリュー島の攻防に始まる一連の日本軍との戦いを通じて、日本軍は戦争の常識が通用しない相手と決めつけるようになった。戦闘で勝利して日本軍を武装解除したと安心していたら、背後から攻撃されたり、また、米軍には無謀としか思われない万歳攻撃をしかけてきたり、とにかく不気味としかいいようがなかった。そういう相手と戦う時は、徹底的に殺しつくし、殲滅するよりほかない。そんなふうに思い込んだフシがある。実際アメリカ軍は、硫黄島の戦いなどで、日本軍を一人残らず殲滅することにこだわった。その結果、日本軍は、各地の戦いで全滅という悲劇的な事態を繰り返したわけである。

米軍が日本軍に対して仮借ない態度をとるようになった理由は、なんとなくわからないでもないが、何故普通の住民まで無差別に殺しつくしたのか。その理由のひとつとして、日本軍が住民を戦闘要員として利用していたということはあるかもしれない、と番組は匂わしている。米軍の眼には、正規の兵士も現地の住民も、同じようなものとして見えたのだろう。そこで兵士と住民との間に差別がなければ、住民まで無差別に殺されることになる。この理屈は、日本軍が南京を占領したときに、多くの一般住民を大量に殺した時にも作用したと思われる。南京を防衛していた中国軍兵士の多くが軍服を脱いで一般市民の中に紛れ込んだ。それを日本軍は便衣兵という言葉で括り、便衣兵を殺すという名目のもとで、多くの市民も殺したと言われる。沖縄の場合にも、これと似たようなことが起った、と言えなくもない。

だが、それだけでは説明しきれないところもある。番組では、明らかに一般住民だとわかる人々が逃げ惑うところを、あたかもゲーム感覚のように、米兵が撃ち殺す場面が出てくる。これなどは明らかに行き過ぎな行為であり、戦争犯罪と言ってよいものだ。こんなことができるのは、米兵の心性に歪んだところがあるからではないか。

沖縄戦のすぐ前に実施された東京大空襲でも、パイロットが不必要に低空飛行をしながら、逃げ惑う市民をゲーム感覚で殺していたという証言がいくつもある。そうした証言をした人たちは、米兵の愉快そうに笑う顔が、目の前に見えたと言っている。彼ら米兵にとって、その時の日本人は、鼠以下のどうでもいい存在だったはずだ。でなければ、ゲーム感覚で撃ち殺すというような真似ができるわけがない。

沖縄戦で、一般住民をゲーム感覚で撃ち殺したり、火炎放射器で焼き殺した米兵たちには、目の前にいる沖縄の住民の人々が、鼠か害虫のように見えたのだろう。番組では、米側は一般住民の被害を最低限にとどめたかったとか、彼らを安全な施設に収容したいと考えていたなどと言っていたが、歴史的な事実としては、米軍が一般住民を無差別に殺しつくした、ということである。

この番組では、史実を淡々と伝えることに重点を置いており、事実の解釈とか批判的なコメントは一切控えている。こんな番組を作ること自体が、今の日本の政治状況においてはリスクを伴う行為なのに、批判的なコメントなど付け加えては、それこそ権力にこっちの首をねじる口実を与える恐れがある、そんなふうに考えて身構えたのかもしれない。



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