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石原莞爾と満州事変:加藤陽子「満州事変から日中戦争」を読む


加藤陽子著「満州事変から日中戦争」を読んだ。岩波新書の日本近現代史シリーズのうちの一冊だ。この本で著者の加藤洋子氏は、満州事変から日中戦争にかけて石原莞爾という一軍人が果した役割に注目している。

石原莞爾は言うまでもなく、板垣征四郎とともに満州事変を引き起こした中心人物だ。板垣はその責任を東京裁判で追及され死刑になったが、石原はなんとか責任の追及をまぬがれた。しかし責任の度合いは板垣に勝るとも劣るものではないとして、毀誉褒貶の激しい人物だ。

石原が激しい毀誉褒貶にさらされるのは、彼が当時の下剋上と云われる風潮を象徴する人物であり、下僚の身分を超えて軍事を動かし、政治活動を禁止されているはずの軍人の身分にして、日本の国運にかかわるような政治的行為に走ったことによる。

石原の基本的なスタンスは、対ソ対米持久戦というべきものだった。彼は近代的な戦争の本質は持久戦であるとみていた。それは国の資源を総動員しての壮大な規模になるべきものだった。ところが資源と云う点では、日本はアメリカやソ連の敵ではない。あらゆる点で米ソに劣ることは明らかだ。それ故、対ソ、対米の戦争を成功させるには知恵を絞らねばならない、石原はそう考えた。

その知恵とはなにか。一言でいえば資源の現地調達論というべきものだ。

石原はナポレオンの「戦争で戦争を養う」という思想を援用して、「占領地の徴税物資兵器により出征軍は自活するを要す。支那軍閥を掃討、土匪を一掃してその治安を維持せば、我精鋭にして廉潔なる軍隊は、たちまち土民の心服を得て優に以上の目的を達するを得べし」

要するに占領地を効果的に支配して、そこから必要な資源を調達する、それを以て敵と戦えば持久戦も恐るるに足らずというものだ。

石原にとって満州は、対ソ戦に備えるべき重要な土地であった。それは朝鮮半島にせまる当面のソ連の脅威への緩衝地帯になるだけではない、将来必然的におとずれるであろう対ソ戦争にとって、資源供給という重要な役割を果たすべきものだ。

石原はこう考えて、日本の満州についての利害を確保するためにはどうすればよいか、結論を導き出すのだ。すなわち、満州を中国から独立させ、そこに傀儡政権を作って日本の意のままに政策を実行させるというプランだ。

当時の日本政府の基本的な考えは、満州を実効支配している張作霖を通じて、満州の利害を確保しようとするものだった。だが石原らの関東軍は、張作霖は邪魔だと考えるようになる。ゆくゆくは、日本が直接満州の経営に乗り出さねばならない。

こうした考えのもとで、張作霖の爆殺から柳条湖事件の勃発へと、日本の満州政策は急展開していくことになる。

石原は柳条湖事件を成功させるために周到な準備をおこなっている。蒋介石、張学良という中国側のキーパーソンが持ち場を離れ(蒋介石は国民党本部のある南京を、張学良は本拠地たる瀋陽を離れていた)、相手の指揮命令系統に油断が生じるのを見極めたうえで、実力行使に及んだのである。

石原はまた、満州における従前の日本の権益範囲を超えて、支配範囲を拡大しようとした。一方では従来ソ連の影響が強かった北満州を日本の支配地域へと繰り入れ、他方では内蒙古の東側を取り込み、さらに長城を超えて華北へと侵攻した。

こうして満蒙を日本の支配下に置き、そこを足掛かりにして将来の対ソ戦争に備えるというのが石原の基本路線だった。

そんなこともあって石原は、支那事変が起きたときには比較的冷淡な態度をとった。関東軍の精鋭部隊を、支那事変への対応に使おうとはせずに、温存した。いつ起きるかもしれぬ対ソ戦争の方を優先したためだ。

それ故陸軍は、上海や南京での戦争に、訓練度の低い予備役や後備兵を投入せざるをえなかった。著者によれば、こうした兵士たちのモラルは非常に低かった。それが南京事件で虐殺を引き起こした要因の一つだったと、いっているかのようでもある。

陸軍歩兵学校が兵士たちに配布した「対支那軍戦闘法の研究」中の「捕虜の取扱」には、「支那人は戸籍法完全ならざるのみならず、特に兵員は浮浪者」が多いので「仮にこれを殺害又は他の地方に放つも世間的に問題となることなし」とある始末だった。

石原は、対ソ、対米戦争こそが最大の課題であって、中国と戦争することは日本の国益に反すると考えていたようだ。中国はあくまでも、日本の戦争を支えるための資源供給基地なのだ。石原が支那事変不拡大方針にこだわったのは、こういう背景があったためである。


    

  
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