日本語と日本文化


60年安保改定の背景:豊下楢彦「集団的自衛権とは何か」


豊下楢彦氏の「集団的自衛権とは何か」(岩波新書)は「安保条約の成立」の続編的な性格をもっているが、氏がこれを書いたのは2007年前半期のことで、その背景には当時の安倍政権(第一次)が主張していた集団的自衛権というものがあった。当時の安倍首相の主張は、「集団的自衛権を行使できない日本は"禁治産者"にも比されるべき国家であり、集団的自衛権を行使できるようになって初めて、日本は日米安保条約において"双務性"を実現し、米国と対等の立場に立つことができる」というものであった。こうした主張の中にひそむ問題点を明らかにし、日本として目指すべき外交のオルタナティブを示すことが、この書物での氏の当面の目的だったというのである。

その後安倍首相が退陣し、日米安保や集団的安全保障の問題は下火になってしまったが、ここへきて尖閣をめぐる中国との対立は深刻化し、日本の安全保障をめぐる国民の意識が高まる中で、安倍氏が再び首相として登場した。その安倍首相は相変わらず前と同じことを言っているが、今度は前と異なり、日本の安全保障環境が大きく変化しているので、安倍さんの主張が実現する可能性も高まっている。そんなわけで、日本の安全保障について、きちんとした理解をしておくためにも、豊下氏のこの著作はホットな時代性を持っていると思う。

安倍さんは、できれば憲法解釈の変更と言う形で集団的自衛権を行使できるようにすべきだと語る一方、現行の日米安保条約は改正する必要がないと言っている。安倍さんの理解では、現行の安保条約は、条文上は十分双務的になっているということらしい。彼にとって問題なのは、集団的自衛権について憲法上のしばりがあるという解釈が横行しているせいで、日本がこの双務的で、平等であるはずの立場を、きちんと果たせないでいるということのようなのだ。

日米安保条約が、そもそも極めて不平等な色彩をまとって出発したことは、よく知られている。1952年に成立した旧安保条約は、アメリカに対して、日本に軍事基地を配備する権利を認める一方、アメリカは日本の防衛義務は持たないというものであった。つまり一方的な基地提供条約と言う色彩をまとっていたわけである。それが1960年の改訂を経て現在のような形になった。

現行の条約を作った責任者は、安倍さんの祖父岸信介である。そこで、現行の安保条約は、岸信介の全面的なイニシャティブのもとで成立したかのごとき主張もあるが、実はそうではない、現行の安保条約への改定作業は、岸信介のイニシャティブどころか、日本側のイニシャティブをほとんど介在させることなく、もっぱらアメリカ側からのイニシャティブに基づいて行われた、というのが、この本の中での氏の見解である。

旧安保条約の不平等性は、無論日本政府も強く意識しており、条約締結直後から、双務的なものへの改定を目指してはいた。それに対して、アメリカ側は当初、ほとんどまともに相手にしようとはしなかった。例えば1955年8月に、鳩山内閣の外相重光葵が訪米してダレス国務長官と会談したが、その目的は、「日本には基地を提供する義務があるが米国には日本を防衛する義務はないという」きわめて不平等な内容を改めるように要請することだった。これに対してダレスは、日本が憲法を改正して集団的自衛権を行使できるようにならない限り、日米の双務的な安全保障条約はありえないと、従来の立場を繰り返し、重光に門前払いを食わしたのであった。

外務省は外務省で、安保条約の改定案を独自に作り、日米安保を双務的なものに変えようと目論んではいた。1957年3月にまとめられた改定案は、双務性にこだわるのではなく、日本についてだけの共同防衛を目的に掲げた。日本にある米軍基地が攻撃を受けた場合に米軍が反撃するのは当然のことだから、そこから出発して、日本が攻撃を受けた場合には、アメリカは日本を防衛する、しかも恩恵としてではなく、義務として、これをアメリカに認めさせる。そうすれば、日本は基地を提供する代わりに、アメリカは基地を配備する日本が攻撃された場合に、日本を防衛する義務があるということになり、少なくとも一方的に不平等な状況は改善される。外務省はそう考えたのであったが、しかし、考え方にアメリカ側は聊かの反応も示さなかった。

アメリカが反応を示したのは、日本政府からの働きかけではなく、日本国内の民衆の動きであった。日本では、ビキニ諸島での水爆実験による第五福竜丸の被爆などで反米感情が高まったことに加え、岸政権成立直前には相馬が原米軍射撃上での農婦射殺事件が起き、その対応を巡って、裁判権さえ持ちえない日米関係の不平等性への民衆の怒りが激しく燃え上がった。その怒りを正面から受け止めたのは、日本政府ではなく、アメリカ政府だったというわけである。その怒りが、アメリカ政府をして、不平等な日米安保条約を改定することへと、方針変更させたというのである。

当時の米駐日大使はダグラス・マッカーサーの甥にあたる人物だったが、そのマッカーサーが、日本の民衆の動きを敏感に感じ取って、安保条約を改定する必要を本国政府に強く進言した。「マッカーサーが繰り返し警告していたことは、基地問題や核問題を背景にした反米感情が増大していく中で、現行の片務的な安保条約をそのまま放置するならば、日本は中立主義や非同盟主義に進み、一方的な宣言によって条約を終焉させることが最善の国益であると信じるようになる危険性がある」というものであった。

安保条約の改定にアメリカ政府が乗り出した背景には、以上のような状況が働いていたのだと氏は強調し、政府間の外交ではなく、民衆の怒りが安保条約の改定の最大の原動力になった、という見方を示している。

こんなわけであるから、現行の安保条約は、集団的自衛権と言う考え方には立っていない。あくまでも、アメリカが基地をおく日本と言う国を、日米共同で防衛しようという枠組みに立っているわけである。その集団的自衛権については、当時の岸信介首相も次のように言って、日本はそれを行使できないのだと認めていた、と氏は言う。

「実は集団的自衛権という観念につきましては、学者の間にいろいろと議論がありまして、広狭の差があると思います。しかし、問題の要点、中心的な、問題は、自国と密接な関係にある他の国が侵略された場合に、その侵略されておる他国にまで出かけて行ってこれを防衛するということが、集団的自衛権の中心的な問題になると思います。そういうものは、日本国憲法においてそういうことができないのはこれは当然」

岸信介のこの発言は、「基地提供などの安保条約上の義務は履行しつつ、他国(米国)防衛のために海外で武力を行使するという集団的自衛権の中核については、憲法上認められないという基本的な立場を明確にしたものである」と氏はいう。以後日本政府は、繰り返しこの立場を確認してきたのである。

以上を踏まえれば、安倍現首相が、憲法の改正を行わずに集団的自衛権を行使できるように改めるという主張は、法的な根拠に乏しいといえよう。




  
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