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よしなしごと(二):堤中納言物語


旅の具にしつべき物どもや侍べる。貸させたまへ。 まづ要るべき物どもよな。雲の上にひらきのぼらむ料に、天羽衣一つ、料にはべる。求めて給へ。それならでは、袙・衾、せめて、なくは、布の破襖にても。又は、十餘間の檜皮屋一・廊・寢殿・大炊殿・車宿りもよう侍れど、遠き程は、所狹かるべし。唯、腰に結ひつけて罷るばかりの料に、やかた一つ。

疊などや侍る。錦端・高麗端・繧繝端・紫端の疊。そはれべらずは、布縁さしたらむ破疊にてまれ貸し給へ。瓊江に刈る真菰にまれ、逢ふこと交野の原にある菅薦にまれ、唯あらむを貸し給へ。十符の菅薦な給ひそ。

筵は荒磯海の浦にうつるなる出雲筵にまれ、いきの松原の邊に出で來なる筑紫筵にまれ、みなをが浦に刈るなる三總筵にまれ、底いる入江に刈るなる田竝筵にまれ、七條のなは筵にまれ、侍らむを貸させ給へ。又それなくば、破筵にても貸し給へ。

屏風も用侍り。唐繪・大和繪・布の屏風にても、唐土の黄金を縁に磨きたるにてもあれ、新羅の玉を釘に打ちたるにまれ、これらなくば網代屏風の破れたるにもあれ、貸し給へ。盥や侍る。丸盥にまれ、うち盥にもあれ、貸し給へ。それなくば、かけ盥にまれ貸し給へ。

けぶりが崎に鑄るなる能登鼎にてもあれ、待乳河原に作るなる讚岐釜にもあれ、石上にあなる大和鍋にてもあれ、筑摩の祭に重ぬる近江鍋にてもあれ、楠葉の御牧に作るなる河内鍋にまれ、いちはらにうつなるさがりにまれ、とむ・片岡に鑄るなる鐵鍋にもあれ、飴鍋にもあれ、貸し給へ。

邑久につくるなる火桶・折敷もいるべし。信樂の大笠、あめのしたの連り簑もたいせちなり。伊豫手箱・筑紫皮籠もほしく侍る。せめては浦島の子が皮籠にまれ、しかの皮袋にまれ、貸し給へ。

(文の現代語訳)

旅住まいの道具になりそうなものはございますか。貸してくだされ。まず必要なものですが、雲の上に上っていくために天の羽衣を一つ。必要ですので探してくだされ。もしなければ、袙や衾、それもなければ布の破れた綿入れでもよろしい。また、十間ばかりの大きさの桧皮葺の家を一軒、廊・寢殿・大炊殿・車宿りなどのついているのがよろしいが、遠くまで運ぶのは面倒でしょう。ただ、腰に結わえ付けていけるような、屋形がひとつあればよろしい。

畳などはございましょうか。錦端・高麗端・繧繝端・紫端の畳などございますか。それらがなければ、布の縁の粗末な畳でもよろしい、貸してくだされ。瓊江で刈った真菰の薦にもあれ、交野の原の菅の薦にもあれ、ありあわせのものを貸してくだされ。ただ十符の菅薦はいりませぬ。

筵は、荒磯海の浦で打ったという出雲筵にもあれ、いきの松原のほとりでできるという筑紫筵にもあれ、みなをが浦で刈ったという三總筵にもあれ、底いりの入江で刈ったという田竝筵にもあれ、七條の縄で編んだ筵にもあれ、ありあわせのものを貸してくだされ。それらがなければ、破れた粗末な筵でもよろしい。

屏風も入用です。唐繪・大和繪・布の屏風にもあれ、唐土の黄金で縁どったものにもあれ、新羅の玉を釘で打ちつけたものにもあれ、それらがなければ、網代屏風の破れたのでもよいので、貸してくだされ。盥はございますか。丸盥でも、うちのべた盥でも、貸してくだされ。それらがなければ、壊れた盥でもよろしいから貸してくだされ。

けぶりが崎で鋳るという能登鼎でも、待乳河原で作ったという讚岐釜でも、石上にあるという大和鍋でも、筑摩の祭に重ねるという近江鍋でも、楠葉の御牧で作ったという河内鍋でも、市原で打ったというさがり鍋でも、とむ・片岡で鑄ったという鉄鍋でも、飴鍋でもよろしいので、貸してくだされ。

邑久で作ったという火桶や折敷も必要でしょう。信樂の大笠や雨天用の蓑も大切です。伊豫手箱や筑紫皮籠もほしうございます。せめて浦島の子の皮籠でも、鹿の皮袋でもよろしいので、貸してくだされ。

(解説と鑑賞)

前に続いて、貸して欲しいものの一覧表をあげる。この僧侶は天上で暮らすつもりらしく、天に昇るための天の羽衣に始まって、天上に構えるべき住居、その住居の建具として必要なさまざまなもの、畳、筵、屏風、などを上げたあと、更に、生活に必要な小物として、盥、鼎、釜、鍋、火桶、折敷などを上げている。また、蓑や籠などの日常の小物も貸して欲しいと、ずうずうしく要求している。

それぞれのものが、由緒ありげな名産品であるところが面白い。おそらく当時名の通った品物だったのだろう。


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