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花々のをんな子(四):堤中納言物語


内裏にも參らず徒然なるに、かの聞きし事をぞ、「その女御の宮とて、のどかには」、「かの君こそ容貌をかしかなれ」など、心に思ふこと、歌など書きつゝ、手習にしたりけるを、又、人の取りて書きうつしたれば、怪しくもあるかな。これら作りたるさまも覺えず、よしなき物のさまかな。虚言にもあらず。世の中にそら物語多かれば、實としもや思はざるらむ。これ思ふこそ妬けれ。

多くは、かたち、しつらひなども、この人の言ひ心がけたるなめり。誰ならむ、この人を知らばや。殿上には、只今これをぞ、「怪しく、をかし。」と言はれ給ふなる。かの女たちは、此處には親族おほくして、かく一人づゝ參りつゝ、心々に任せて逢ひて、斯くをかしく殿の事言ひ出でたるこそをかしけれ。それもこのわたりいと近くぞあなる。知り給へる人あらば、その人と書きつけ給ふべし。 

(文の現代語訳)

以上のことは、内裏にも参上せず暇な折に、人から聞いたことを書き留めたものです。「あの女御の宮といっても、のどかにいられましょうか」とか「あの君のお姿こそすばらしい」などと、心に思うことや、歌などを書きつつ、手習いにしていましたのを、他の人が書き写したりして、へんなことになっています。これらは作り話ではなく、他愛ない内容のものですが、うそではありません。世の中にはうその話が多いので、そのように思われるでしょう、残念なことです。

話の大部分は、女たちの姿かたちやしぐさに至るまで、この好色者の男が言ったとおりだと思われます。この男が誰なのか、知りたいものです。殿上ではこの話がうわさに上って、「妙で、面白い」と言われているそうです。あの女房たちは、一族が多くいますので、ひとりずつ里に戻ってきては、めいめい心任せに、このように面白おかしく主人の家のことを話しているというのがおかしく思われます。彼女らの家は、このあたりにあるということです。知っておられる方がいれば、これは誰それのことと書き加えるのがよろしいでしょう。

(解説と鑑賞)

この話の後日談として、話の中で語られていることが、好色者の語ったことを踏まえていることが語られ、またその話が宮中でもうわさになったことが語られている。その上で作者は、この男の正体とか、女たちの家のありかを知りたいなどととぼけたことを言っている。

最後に、跋文の体裁で、この物語を書きとめた経緯が語られる。人から聞いたことをそのまま書いたのだと言っているが、話の内容からすれば、その人とは好色者の男以外には考えられない。この物語の中の話の内容は、男の視点から書かれているからである。


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