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鈴木大拙「禅とは何か」を読む


鈴木大拙が英文で書いた「禅」は、禅とは何かについて欧米人にわかりやすいように書いたものであったが、この「禅とは何か」は、日本人を対象にした講演を編集したものである。相手が日本人であるから、禅をまったく知らないわけではない。少なくとも言葉としての禅は知っているだろう。だが宗教的実践としての、あるいは修業としての禅について、そう深くは知らないだろう。そういう人たちを対象にして、宗教的な実践あるいは体験としての禅について語るというのが、この講演の目的だったようだ。

そんなこともあって、この講演はまず宗教の意義を説くことから始めている。宗教というのは、単に知識の対象であるのではなく、信仰の内実をなすものである。人は信仰する生き物であるというという前提に立って、まだ信仰に目覚めていない人に向けて、信仰することの素晴らしさをわかってもらうのが、この講演の目的だったようなのである。宗教といっても色々なものがある。その中から仏教というものを選んで、仏教の宗教としての素晴らしさを説くというのが、この講演の最大の目的と考えてよい。しかして仏教といっても様々な宗派がある。その宗派の中から大拙が選んだのは、いうまでもなく禅宗である。大拙が禅の実践者であることはよく知られているから、これはごく自然な選択として映る。

公演は二度にわたって別々に行われた。この本はそれらを一冊にまとめたものである。二回の講演ともそれぞれ五回分の話からなっている。そして一回目の講演には「宗教経験としての禅」、二回目の講演には「仏教における禅の位置」という総題が付けられている。

一回目の講演は、仏教の中における禅の立ち位置のようなものを明らかにしている。仏教はもともと知的な要素の強い宗教であったが、そのなかでも禅は特に知的な要素が強い。その点は、情の要素を重視する真宗などとは非常に異なるところだ。だいたい宗教というのは、情的なものを基礎としている。信仰というものは知識とは別に成り立つものなのだ。だが禅の場合には、知の働きを非常に重視するところがある、というのが大拙の基本的な見立てである。禅も宗教であるから、情の要素を無視することはできない。その情の要素は、禅独特の神秘経験としてあらわれる、と大拙は言う。神秘経験というのは、座禅がもたらす境地のことで、これは言葉を超えた、言葉では表現できないような経験であることから、神秘と言われているということのようだ。

仏教はもともと個人の悟りをめざしたものであった。すくなくとも釈迦が始めた仏教はそうであった。その釈迦にしても、その悟りを自分一人の事柄にとどめず、ほかの人にも悟りを開いて欲しいと思って布教を始めた。もっともその布教は一部のエリートが対象で、つまり悟りへの強い意欲を持っている人を、悟りへと導くというのがその布教の目的であった。布教が、エリートだけでなく、一般の庶民を対象に行われるようになるのは、大乗仏教においてである。大乗仏教では菩薩が重要な働きをする。菩薩というのは、自分のためではなくして、人のために自分の身を犠牲にして働くというものである。

ところで禅が目標とするのは、個人として悟りを開くことで、人のために身を犠牲にして働くことではない。悟りを開くためには、一定の修行が必要になる。そこが、一切の修行は自力のあらわれであり、そういうものを必要とせず、ただ念仏を称えることによって救済されると説く真宗などとは違うところだ。修業を通じて悟りをめざすという点では、禅は自力の要素が強いと言えるのだが、大拙はそう明言してはいない。禅といえども大乗仏教の一つであり、大乗仏教が菩薩による他力救済をスローガンにしていることから、禅を自力の宗教とは言えないのだと思う。

二回目の講演では、禅の歴史的な発展過程が触れられている。禅は達磨によって中国に伝えられたということになっている。実際には達磨がやって来る前から、禅は中国にあったのだが、達磨が来ることによって、本格的な体系的宗教としての禅が確立したということらしい。その達磨が依拠した経典は楞伽経(りょうがきょう)であった。それが五代宗祖弘忍の時から金剛経が用いられるようになった。金剛経とは、金剛のように固い煩悩を和やらげてくれる智慧(般若)というような意味を持たされたものだ。

楞伽経は非常にむつかしい経典で、凡人ではなかなか読み解けない。ところが金剛経はやさしく書かれているので凡人でも読むことができる。禅はもともと特定の経典を排他的に大事にする宗派ではなく、かならずしも御経に頼らないのであるが、経を読むとしたら金剛経、あるいはそれの姉妹編としての般若心経を読む。小生の父親の家は禅宗であったから、小生も子供の頃から般若心経をよく読まされた。意味はわからなかったが、音響だけでもありがたく思ったものだ。

今日、日本に伝わっている禅宗は主として臨済宗と曹洞宗である。臨済宗は南禅の系統をひき、曹洞宗は北禅の系統をひくという。南禅はいまだに楞伽経を伝え、北禅は金剛経を読むということらしい。

楞伽経はむつかしくて読めないと言ったが、書いてあることは、大乗起信論の内容とかなり関係があるという。同じだとは言えないが、似たようなことが書いてあるらしい。らしい、というのは、小生はまだ読んでいないからだ。ともあれ、阿頼耶識とか如来蔵とかいったようなことを、両者ともに書いてあるという。

臨済宗と曹洞宗、この両者の間に、具体的にどんな違いがあるのか。禅の開祖とされる達磨は釈迦と同じ境地をめざしたといわれる。つまり悟りを開くことだ。その点では、臨済宗も曹洞宗も同じことで、どちらも悟りをめざしている。ところがその方法に多少の違いがある。臨済宗は看話禅といって、公案をめぐって禅問答をする。一方曹洞宗は黙照禅といって、只管打坐に集中する。公案はもともと禅にあったものだが、臨済宗中興の祖といわれる白隠和尚のときにこれを大規模に取り入れて以来、臨済宗の修行の骨格になった。只管打坐は道元以来の伝統である。

こんな具合で大拙の、禅についての講和は、禅が修業だといいながら、かなり知に偏ったところがある。



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