日本語と日本文化


青頭巾(四):雨月物語


 一とせ速くたちて、むかふ年の冬十月の初旬、快庵大徳、奧路のかへるさに又こゝを過ぎ給ふが、かの一宿のあるじが莊に立ちよりて、僧が消息を尋ね玉ふ。莊主よろこび迎へて、御僧の大徳によりて鬼ふたゝび山をくだらねば、人皆淨土にうまれ出でたるごとし。されど山にゆく事はおそろしがりて、一人としてのぼるものなし。さるから消息をしり侍らねど、など今まで活きては侍らじ。今夜の御泊りにかの菩提をとふらひ給へ。誰も隨縁したてまつらんといふ。

 禪師いふ、他<かれ>善果に基きてせんげせしとならば、道に先達の師ともいふべし。又活きてあるときは我がために一個の徒弟なり。いづれ消息を見ずばあらじとて、復び山にのぼり給ふに、いかさまにも人のいきゝ絶えたると見えて、去年ふみわけし道ぞとも思はれず。

 寺に入りて見れば、荻尾花のたけ人よりもたかく生ひ茂り、露は時雨めきて降りこぼれたるに、三の徑さへわからざる中に、堂閣の戸右左に頽れ、方丈庫裏に縁りたる廊も、朽目に雨をふくみて苔むしぬ。さてかの僧を座らしめたる簀子のほとりをもとむるに、影のやうなる人の、僧俗ともわからぬまでに髭髪もみだれしに、葎むすぼふれ、尾花おしなみたるなかに、蚊の鳴くばかりのほそき音して、物とも聞こえぬやうにまれまれ唱ふるを聞けば
   江月照松風吹
   永夜清宵何所爲

 禪師見玉ひて、やがて禪杖を拿りなほし、作麼生何所爲ぞと、一喝して他が頭を撃ち給へば、忽ち氷の朝日にあふがごとくきえうせて、かの青頭巾と骨のみぞ草葉にとゞまりける。現にも久しき念のこゝに消じつきたるにやあらん。たふときことわりあるにこそ。

 されば禪師の大徳雲の裏海の外にも聞えて、初祖の肉いまだ乾かずとぞ称歎しけるとなり。かくて里人あつまりて、寺内を清め、修理をもよほし、禪師を推したふとみてこゝに住ましめけるより、故の密宗をあらためて、曹洞の靈場をひらき給ふ。今なほ御寺はたふとく榮えてありけるとなり


(現代語訳)
早くも一年が過ぎて、翌年の冬十月の初旬、快庵禅師は陸奥の旅からの帰りにまたこの里を過ぎた。かの一夜の宿の主の家に立ち寄り、あの僧の消息を聞いたところ、主は喜び迎えてこう語った。「御僧の大徳のおかげで鬼は再び山を下りてこなくなりましたので、人々はみな浄土のようだといって喜んでいます。しかし山に上るのは恐ろしがって、一人も上るものはございません。そういうわけで詳しくは知りませんが、いままで生きていることはないでしょう。今夜お泊りのうえ、その菩提を弔ってください。わたしどもも一緒にお経をあげましょう」

禅師は、「あの僧が善果によって遷化したのならば、道の先達というべきじゃ。まだ生きているのなら、わしにとっては弟子じゃ。どちらにせよ消息をたしかめねばなるまい」と言って、再び山に上ったが、どうも人跡が絶えていると見えて、去年踏み分けた道があると思えない。

寺に入ってみると、荻尾花が人の背丈よりも高く生い茂り、露が時雨めいて降りこぼれている。境内の小道も見分けられず、堂閣の戸は左右に崩れ、方丈庫裏をつなぐ廊下も、朽ち目に雨を含んで苔むしている。さて、あの僧を座らせた簀子の辺を探すと、影のような人が見えた。僧俗もわからぬほど髭髪をみだし、葎が生い茂り尾花がなびいている中に立って、蚊の啼くような声で、よくは聞き取れぬが、まれに、次のような句をとなえているようである。
   江月照松風吹
   永夜清宵何所爲

禅師はこれを見ると、そのまま禅杖を握りなおし、作麼生何所爲ぞ、と一喝してその僧の頭を打たれた。すると僧は、氷が朝日にあって溶けるように消えうせ、あとにはあの青頭巾と骨だけが草葉にとどまって残った。まことに久しい間の想念がここに解けたのであろう。尊いことわりである。

このようなわけで、禅師の大徳は海外にも聞こえ渡り、「太祖のだるま様がまだ生きてなさるようだ」と賞嘆されたということだ。こうして里人が集まり、寺内を清めて、壊れたところを修理し、禅師を戴いてここの住職とした。それ故、もともと密宗の寺であったが、曹洞宗の霊場となった。いまなお寺は尊く栄えているということだ。


(解説)
最後は、禅師が一年後に鬼僧と再会する場面を描く。鬼僧はまだ生きているようにも見えたが、禅師が一喝して禅杖で打つと、氷が朝日に解けるように消えてなくなってしまった。だから鬼僧はすでに死んでいて、その亡霊が禅師の前に現れたとも読めるし、あるいはこれまで生きていたのだが、禅師に再会することで禅の本義が成就し、遷化したのだと読むこともできる。いずれにしても、一年後に再会させることで、禅師の教化の効験を強調しているのだろう。

文末近くにある「初祖の肉いまだ乾かず」は、禅宗の初祖達磨禅師がまだ死なずに生きている、という意味。快庵禅師のありがたさを達磨にたとえ、達磨さまがまだ生きているかのようだと称えているわけである。




  
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