日本語と日本文化


青頭巾(三):雨月物語


 山院人とゞまらねば、樓門は荊棘おひかゝり、經閣もむなしく苔蒸しぬ。蜘網をむすびて諸佛を繋ぎ、燕子の糞護摩の牀をうづみ、方丈廊房すべて物すざましく荒れはてぬ。日の影申にかたふく比、快庵禪師寺に入りて錫を鳴らし給ひ、遍參の僧今夜ばかりの宿をかし給へと、あまたたび叫どもさらに應へなし。眠藏より痩槁たる僧の漸々とあゆみ出で、咳たる聲して、御僧は何地へ通るとてこゝに來るや、此の寺はさる由縁ありてかく荒れはて、人も住まぬ野らとなりしかば、一粒の齋糧もなく、一宿をかすべきはかりこともなし、はやく里に出でよといふ。

 禪師いふ。これは美濃の國を出でて、みちの奧へいぬる旅なるが、この麓の里を過ぎるに、山の靈水の流のおもしろさにおもはずもこゝにまうづ。日も斜めなれば里にくだらんもはるけし。ひたすら一宿をかし給へ。あるじの僧云ふ。かく野らなる所はよからぬ事もあなり。強ひてとゞめがたし。強ひてゆけとにもあらず。僧のこゝろにまかせよとて復び物をもいはず。こなたよりも一言を問はで、あるじのかたはらに座をしむる。看々<みるみる>日は入り果て、宵闇の夜のいとくらきに、燈を點げざればまのあたりさへわかぬに、只澗水の音ぞちかく聞こゆ。あるじの僧も又眠藏に入りて音なし。

 夜更けて月の夜にあらたまりぬ。影玲瓏としていたらぬ隈もなし。子ひとつともおもふ比、あるじの僧眠藏を出でて、あはたゞしく物を討<たづ>ぬ。たづね得ずして大に叫び、禿驢いづくに隱れけん。こゝもとにこそありつれと禪師が前を幾たび走り過ぎれども、更に禪師を見る事なし。堂の方に駈けりゆくかと見れば、庭をめぐりて躍りくるひ、遂に疲れふして起き來らず。夜明けて朝日のさし出でぬれば、酒の醒めたるごとくにして、禪師がもとの所に在<いま>すを見て、只あきれたる形にものさへいはで、柱にもたれ長嘘をつぎて黙しゐたりける。

 禪師ちかくすゝみよりて、院主何をか歎き給ふ、もし飢へ玉ふとならば野僧が肉に腹をみたしめ給へ。あるじの僧いふ、師は夜もすがらそこに居させたまふや。禪師いふ、こゝにありてねふる事なし。あるじの僧いふ、我あさましくも人の肉を好めども、いまだ佛身の肉味をしらず。師はまことに佛なり。鬼畜のくらき眼をもて、活佛の來迎を見んとするとも、見ゆべからぬ理りなるかな。あなたふとゝ頭を低れて黙しける。

 禪師いふ、里人のかたるを聞けば、汝一旦の愛慾に心神みだれしより、忽ち鬼畜に墮罪したるは、あさましとも哀しとも、ためしさへ希なる惡因なり。夜々里に出て人を害するゆゑに、ちかき里人は安き心なし。我これを聞きて捨つるに忍びず。恃<わざわざ>來りて教化し本源の心にかへらしめんとなるを、汝我がをしへを聞くや否や。あるじの僧いふ、師はまことに佛なり。かく淺ましき惡業を頓にわするべきことわりを教へ給へ。禪師いふ、汝聞くとならばこゝに來れとて、簀子の前のたひらなる石の上に座せしめて、みづからかづき玉ふ紺染の巾を脱ぎて、僧が頭にかづかしめ、證道の哥の二句を授け給ふ
   江月照松風吹
   永夜清宵何所爲
汝こゝを去らずして徐に此の句の意をもとむべし。意とけぬる則<とき>はおのずから本來の佛心に會ふなるはと、念頃に教へて山を下り給ふ。此のちは里人おもきわざはひをのがれしといへども、猶僧が生死をしらざれば、疑ひ恐れて人々山にのぼる事をいましめけり。


(現代語訳)
山寺には人が寄り付かぬとみえ、楼門には荊棘が生い茂り、経閣もむなしく苔が生えている。蜘蛛の巣が仏像にまとわり、燕の糞が護摩壇を埋めて、方丈廊房すべてすさまじく荒れ果てている。日が西に傾く頃、快庵禅師は寺に入って錫を鳴らされ、「遍参の僧に今宵ばかりの宿を貸したまえ」と何度も叫んだが返事がない。そのうち寝室からやせ衰えた僧がよろよろと歩み出て、しわがれた声で、「御僧はどこへゆくのにここを通るのじゃ。この寺はある事情があってこのように荒れ果て、人も住まぬ野良となったので、一粒の飯もなく、一夜を貸すほどの備えもない。早く里に降りられよ」と言った。

禅師が、「自分は美濃の国を出て陸奥に行く途中じゃが、この里を通ったところ、この山の霊水の流れが珍しくて思わずここまで来てしまったのじゃ。日も傾いたので里に下ろうにも遠すぎる。どうか一夜の宿を貸したまえ」と言うと、主の僧は、「こんな荒れたところではよからぬこともあるようだ。強いて泊めるわけにもいかぬが、強いて追い出すこともしまい。僧の思うとおりになされ」と答えて、その後はものも言わぬ。禅師も一言も声をかけず、主の僧の傍らに座した。見る見る日は沈み、宵闇がたいそう暗い中に、灯りをつけないので目の前も見えぬ。ただ谷水の流れる音が近くに聞こえる。主の僧も寝室に入って音を立てなかった。

夜が更けて月が出た。玲瓏たる月光が一面を照らした。真夜中と思える頃、主の僧が寝室を出て、あわただしく何かを探した。ところが見つからなくて大騒ぎし、「くそ坊主がどこに隠れおったか、ここにいたはずだが」と言いながら禅師の前を何度も行きすぎた。だが禅師がいることに気が付かぬ。堂のほうにかけて行ったかと見れば、庭を巡って踊り狂い、遂に疲れて倒れたまま起き上がらない。夜が明けて朝日が差してくると、酒の酔いから冷めたような様子で、禅師がもとのところにいるのを見ると、ただおどろいた様子で口もきかず、柱にもたれたまま、ため息をつきながら黙っている。

禅師が近くに寄っていって、「ご住職何を嘆かれておられる。もし飢えておいでならば拙僧の肉を食って腹を満たされい」と言うと、主の僧は、「あなたは夜もすがらそこにおいでであったか」と問う。禅師が、「ここで眠らずにおりました」と言うと、「自分はあさましくも人肉を好むが、いまだ仏の身を食ったことがない。あなたはまことの仏じゃ。鬼畜の目であなたのような生き仏を見ようとしても、見えないのが道理、ああ尊いお方じゃ」と言いつつ頭を垂れて黙ったのだった。

禅師は言った。「里人の語るところでは、おぬしは一旦愛欲に心が乱れ、たちまち鬼畜に陥ったそうじゃが、あさましいともかなしいとも、類なき悪因というべきじゃ。夜毎に里に出て人を害するにより、近くの里人は気が気でない。拙僧はこれを聞いて捨て置けず、わざわざここまで来て、おぬしを教化して本然の姿に戻してやりたいと思うのじゃが、わしの教えを聞くつもりはあるか」。主の僧は答えて、「あなたはまことに仏です。かような悪業をすぐにやめる手立てを教えてくだされ」と言った。すると禅師は、ではここに来なさいと言って、簀子の前の平らな石の上に座すと、自分でかぶっていた青い頭巾を脱いで、それをあるじの僧の頭にかぶせ、證道の歌の二句を授けた。
   江月照松風吹
   永夜清宵何所爲
そして、「おぬしはここにいて、ゆっくりとこの句の意味を考えなさい。その意味がわかったときにはおのずから本来の仏心に出会うじゃろう」と言い置いて、山を下られた。その後、里人は災いから逃れたということだが、なお僧の生死がわからなかったので、山に上ることは差し控えた。


(解説)
物語のクライマックス。山の上の廃寺で禅師が鬼僧を教化する場面である。寺の荒廃した様子が迫力あるタッチで描写されたあと、深夜鬼僧が禅師の周りをあわただしく駆け回る様子が描かれる。鬼僧は禅師の肉を食うつもりなのだが、畜生の目には禅師の姿が見えないのだ。そんな鬼に向かって禅師は、夜が明けたあとで、自分の肉を食いなさいと勧める。このあたりは鬼気迫るような迫力だが、秋成はその手本を中国の文章に求めたようだ。

禅師に教化された鬼僧は、悪行をやめることを決意し、その手立てを乞う。それに対して禅師は、青頭巾を鬼層の頭にかけ、證道の歌の二句を授ける。證道の歌とは、唐の禅僧が作った詩で、禅の本義を説く。これを詠じながらその意味を考えることによって、禅の本義を明らかにし、解脱を得るとされる。

密宗など伝統的な仏教においては、まじないによって魔物を払うという観念が支配的だったが、禅宗は己の力によって解脱をめざす。それを物語のなかに組み込んだところが、秋成の新しさといえなくもない。




  
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