日本語と日本文化


三粋人経世問答:自民党の歴史的敗北を語る


筆者には日ごろ懇意にしている人々が何人かいて、学術、文芸、趣味など、テーマにしたがって、それぞれ一家言をもった人たちと語り合える幸運をもてるばかりか、時には杯を傾けながら、肝胆相照らす喜びを感じてもいる。

そんな中でも、筆者にとって特別な人たちがいる。いづれの人も志が高く、かつ人間性に溢れたまなざしを以てこの世のことを見つめておられる。筆者はそんな彼らの、時に時勢を論じ、時に世の中の不合理を嘆き、また時に身辺の喜びを素直に語るさまを聞くとき、心を洗われるようなすがすがしい気持ちになるのである。

その一人の名を無覚先生という。何事も自覚することなしと、先生本人が謙遜しての名であるが、どうしてどうして、先生の世の中を見る目は冴えていて、何事もその根源に遡って見据えられないではすまないほどである。筆者はこれまで、世の中の動きを解釈するについて、先生の薫陶を蒙ること一方ならぬものがあった。

もう一人の名を俄然坊居士という。その名から伺えるように、多少粗忽なところもあるが、国を憂える点では、誰にも引けをとらざるべしと自ら命じている。その覚悟のとおり、居士がこの国を憂える気概には並々ならぬものがある。筆者は時に居士の意見と対立することもあるが、居士の率直な人柄は、意見の対立を不毛なものに終わらせず、そこから思いもよらぬ方向を指し示されるようなこともある。

いま一人の名を静女史という。筆者の数少ない女性の友人の一人である。女史は女性らしいこまやかな感性を以て世の中を見つめており、決して綿密とも広豁ともいえぬかも知れぬが、時折発せられる彼女の言葉からは、一気に現実世界に引き戻されるような力を感じることもある。

考え方も生き方も微妙に違うこの三人が、なぜかうらやましくなるほど仲がよい。筆者はそんな彼らを三粋人と呼んでいる。それぞれ個性の異なった彼らであるが、粋であることでは共通していると思うからだ。粋であるとは、物事にのめり込むことなく、その本質に通じうるということだ。

筆者はそんな彼らが時に落ち合って清談をするはずだと聞き知るや、なるべく時間を割いてその輪に加わることにしている。自分からものをいうことは差し控えて、ひたすら彼らの議論に耳を傾けるのだ。

さて昨日は、総選挙が実施されて、自民党が歴史的な敗北を喫し、いままで万年野党だった民主党が絶対多数を占めるという、政変ともいえる事態が起こった。このことの歴史的意義なるものについては、マスメディアをはじめ各方面でかまびすしい議論がなされ、また筆者自身も筆者なりの感慨を持ってもいる。

ところで三粋人は、このことをどう受け止めているのか、筆者はそれが知りたくなった。幸いに今夕、彼らが御茶ノ水のさる店で会合を持つという話を聞きつけ、無理に時間をこしらえて会いに行くことにした次第だ。

筆者が件の店の中に入っていくと、三人はすでに集まっていて、小料理をつまみながら歓談している。まず筆者の姿を認めた静女史が声をかけてくれた。

静女史:壺齋さん、こちらよ、お久しぶりですね、元気にしてました? さあ四人そろったところで乾杯をしなおしましょう。(乾杯)

筆者が席に着いて乾杯の輪に加わると、続いて俄然坊居士が筆者に話しかけてきた。

俄然坊居士:いやあもう、大分出来上がってるんですよ。始めてから一時間にもなるかな。話題はもっぱら今回の選挙についてです。自民党が後退して民主党が躍進するだろうことは大方検討がついていましたが、まさかここまでの結果になるとは、とにかく驚きました。

静女史:俄然坊さんは、民主党が躍進しすぎて、自民党が消滅寸前の事態にまで陥ったのは、日本の未来にとって決して好ましくないなんていうんですよ。でもこんな結果をもたらしたのは、自民党自身のせいなんだから、しょうがないわよね。

俄然坊居士:いや小生は、自民党が後退して民主党が躍進したこと自体は、ある意味でしょうがないと思ってるんです。ただその程度がちょっとひどすぎる。健全な民主主主義にとっては、二大政党が拮抗しあうことが大事で、一方が肥大化し、一方が矮小化しすぎたのでは、民意が正確に反映されるようにならん。

ここで、無覚先生が筆者のほうを向いて、こういった。

無覚先生:壺齋さんはかねてから、自民党政権には批判的でしたね。小泉政権以来の構造改革がこの国をへんな方向に導いてきたといっておられたし、その結果格差社会が生まれて、国民の多くが政治に憤りを感じるにいたったと、そんな趣旨のことをブログの記事でも書いておられる。今回の結果は壺齋さんにとって、やはり政治の風向きを変えるために、好ましいものだったとうつるんでしょうね。

こういわれた筆者は、自分の意見は先生のおっしゃるところとそう隔たったものではないが、今日は自分の意見を述べるのが目的で来たのではなく、皆さんと久しぶりに懇談するためなのだから、余り政治的な発言をするのは差し控えましょうといって、水を俄然坊居士に向けた。

俄然坊居士:たしかに今回の自民党の敗北は、身から出た錆といえます。自民党は長い間権力の上に胡坐をかいて、国民の実感から遠く離れすぎていた。構造改革をどう評価するかは、別の議論が必要だと思うが、ともかくワーキングプアと呼ばれる人たちが大量に生まれてきたことや、地域や零細企業の人々が、困窮に苦しんでいることは事実です。自民党はその痛みを自分で汲み取ることができなかった。それだからこそ、国民の多くから見放されたといってもいい。

静女史:あら、ずいぶんと素直になったのね。先ほどまでは、自民党の大敗を嘆いてらっしたのに。俄然坊さんがおっしゃるとおり、自民党が国民の生活感覚から隔たりすぎていたことはたしかよ。今回の選挙で、麻生さんは若者に希望を、お年寄りに安心を、なんていってたけど、そういいながら、金のない若者は結婚するなといってみたり、後期高齢者などと変な言葉を使って、お年寄りを差別扱いしていたんですものね。だから麻生さんの言葉を聴いた人たちの耳には、貧乏人には絶望を、役立たずには死を、という風に聞こえたに違いないわ。実際、75歳以上を後期高齢者というなら、85歳以上は末期高齢者とでもいうのかしら。

無覚先生:静さん、言葉がちょっと激しすぎるようだね。でも自民党は、自分のやってきたことにしっぺ返しを受けたと謙虚に受け止める必要があると思うね。それと指導者たちにあまり定見がなかったことも、国民から見放されたひとつの理由だろうね。

静女史:そうよ、自民党は小泉さんのあと、安部さん、福田さんと二人続いて政権を放り出して国民を馬鹿にしている印象を与えたと思うの。そこへもってきて麻生さんでしょ。あの人はしょっちゅう口を滑らせて、そのたびに国民から馬鹿にされてきたし、身内の自民党からもあいそをつかされるような始末だったじゃない。それに人相だってあまりいいとはいえないわ。

俄然坊居士:自民党の悪口をいうのはこれくらいにしておこうよ。一々失点をあげつらっていてはきりがない。ところでこれで鳩山内閣が誕生し、いよいよこれまで野党だった民主党が政権を担うわけだが、民主党は一応マニフェストをベースにして、政権運営をするといっている。ところが国民が民主党を選んだのは、自民党にお灸をすえるのが目的で、民主党の政策を十分に吟味した結果だとはいえない部分もある。民主党のマニフェストには問題がないのでしょうかね。

無覚先生:財源にきちんとした裏づけのないばら撒き政策だという批判もあるが、静さんはどう思うね?

静女史:子ども手当は少子化対策として有効だと思うし、労働者派遣法の改正だって、働く人たちの生活を守るためには必要なことだと思うわ。財源のことはわたしにはあまりよくわからないけど、できれば増税はやって欲しくないわね。当分民主党のやり方を見守るようにしたいわ。

俄然坊居士:小生がとりあえず問題に思うのは、高速道路の無料化だね。無料化といえば、ドライバーたちにはうれしいかもしれぬが、打ち出の小槌が無料化を保障してくれるわけではない。無料化にはそれに応じた財源の手当てが必要だし、それは結局税金でまかなわれることになる。ということは、国民一人一人が、車を運転するものも運転しないものも一律に無料化のための財源を負担するということを意味する。これは悪しきばら撒きではないのかね。

静女史:無料化は自民党が始めたものを、民主党が拡大するということでしょ?私自身は車を運転しないので、恩恵は受けなかったけれど、無料化の財源を税金でまかなっていたことは知らなかったわ。

俄然坊居士:外交政策だって不安だ。アメリカとは対等な関係をめざして距離をおいた外交を展開するなどといっていますが、日米関係はこれまでの日本外交の要だったわけだし、それは今後も変わらないようにしないといけない。今後社民党が連立のパートナーになることを考えると、社民党の考えに政権全体が振り回されることもありうる。そこがもっとも心配なところです。

静女史:でももういままでのようにアメリカ一辺倒の外交の時代ではないと思うわ。中国をはじめアジアの新興国が大きな力を持ってきてるし、やはりこれからはアジアの国々との親密な関係にも配慮していくべきだと思うの。

俄然坊居士:だからといって、日米関係を軽視していいことにはなりませんよ。アメリカはこれまでも信頼できるパートナーであったし、今後も世界の政治に巨大な影響を及ぼし続けると思う。日米関係を軽々しく見直すのは、日本の国益にとって有害なことです。

無覚先生:たしかに今回の民主党の勝利は、民主党自身の力によるものというより、自民党側の敵失に助けられたという側面がある。民主党は300名あまりの議員を誕生させたが、その多くは経験不足で、力量は未知数だ。事前に発表したマニフェストも、いまの議論にあるような問題がないわけではない。これから政権を担っていくわけだから、国民の希望と現実の力関係に配慮して、適切な政治を行ってもらいたいところだね。

こんな具合で三粋人の議論はいよいよ白熱してくる。筆者は席の片隅でビールを飲みながら、ひたすら彼らの議論に耳を傾ける。だがそのうち時間も過ぎて、酔いも回ってきた。今日のこの話を書き物にして、ブログに乗せたい気分も働く。そんなわけで、筆者は原稿の締め切り時刻に追われた記者のように、はやる気持ちを抑えかねず、議論のつきない彼らに別れを告げ、ひとり家路についた次第だ。


    

  
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