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小泉政権の道路公団改革:大嶽秀夫「小泉純一郎ポピュリズムの研究」


日本道路公団など道路関係四団体の改革、いわゆる道路公団改革は、小泉政権にとって改革第一弾ともいうべきイシューとなった。小泉は、道路公団をめぐる国民の批判を背景に、国鉄と同様の完全民営化をぶち上げたのであったが、最終的にたどり着いた結果は、維持管理部門については民営化するものの、建設部門については国の関与を大幅に残し、国民に不評だった無駄な道路の建設を引き続き可能にするというものであった。当初は、完全民営化によって道路建設に歯止めをかけることも期待されていたのが、中途半端なものになってしまったわけである。大嶽秀夫氏はそれを、「竜頭蛇尾に終わった」と評している。(小泉純一郎 ポピュリズムの研究)

小泉が政権に就いた時、道路四公団を巡って生じていた問題は、大きく二つあった、と大嶽氏は言う。ひとつは、天下りや高額退職金などに見られる腐敗体質の問題、もうひとつは道路建設をめぐっての借金体質やコスト意識のなさといった問題だった。小泉は当初、こうした問題を一挙に解決する手法として、道路関係四公団を完全に民営化することを考えていた。そうすることで、公団の腐敗体質が解消され、道路建設に伴う無駄も排除できると考えたのだ。

小泉は、道路公団改革のかじ取りを"民営化推進委員会"にゆだねた。この委員会に対して小泉は、国鉄と同様に民営化することを求める発言をした(委員会の名称も民営化推進をうたっている)。だが小泉は、必ずしもその言葉に忠実ではなかった、と氏は言う。その結果、小泉の言葉を信じて完全民営化にこだわった委員たちは梯子を外されたと感じ、最後には委員会の空中分解を招くような結果になった。小泉一流のいい加減さが現れているところだ。

推進委員会の七人の委員の中で、もっとも大きな影響力を発揮したのは作家の猪瀬直樹だった。猪瀬は小泉登場以前から道路公団をはじめとする特殊法人問題にのめり込んでおり、道路公団については、天下りや高額の退職金、ファミリー企業をまきこんだ巨大な利権の存在などを取り上げて、その解決のため国鉄と同様の民営化が必要だと主張していた。だが猪瀬は小泉から権力の一端をゆだねられ、実際に道路公団改革にかかわるようになると、完全民営化の主張を放棄した。自民党を中心にしたいわゆる道路族から猛烈な反撃を食らって、妥協したのである。

推進委員会の委員の意見は、大きく二つに分かれた。上下一体論と上下分離論である。上下一体論は、建設及び維持管理を一体にして民営化しようとするものだった。これは、結果的に道路建設の抑制につながると理解されていた。一方、上下分離論は、維持管理部門だけ完全民営化し、建設部門には国の関与を大幅に残そうというものだった。これは道路建設を引き続き可能にするものであると理解されていた。

猪瀬が最終的にとったのは上下分離論の立場である。これなら、道路建設を引き続き求める道路族の期待に応えられる一方、道路公団を巡る様々な批判にある程度応えることができると考えたのだろう。民営化すれば、経営にまつわる様々な無駄は自然と排除されるはずだという、素朴な考え方がまかり通っていた時代だったのだ。

こうして、最終的には猪瀬の主張する上下分離の考えに沿って政策が決定された。既存の道路四団体を分割し、維持管理に専念する六団体と、道路財産と債務を保有する団体を設立し、維持管理に専念する会社は保有会社から道路をリースし、保有会社はそのリース料で(50年かけて)債務の返還を行うというものである。

この結果について猪瀬は、「国民の勝利だ」と高く評価し、小泉も「大改革」だと胸を張ったが、ほかならぬ推進委員会のメンバーの多くは、そうは考えなかった。七人いる委員のうち五人までが、委員会の方向性に疑問を呈して辞任し、最後まで残ったのは猪瀬と大宅映子(ジャーナリスト)の二人だけという異常な事態になった。政治学者の田中一昭などは、「これは名ばかりの民営化」だといって強く批判した。

それでも小泉がこの結果に満足したのは、悪者イメージの公団を懲らしめるという当面の効果を期待できたからだ、と氏は指摘している。悪者としての公団を懲らしめることで、国民の喝采をうけることができるという、ポピュリストとしての打算が働いたというのである。これに比べれば、道路建設に歯止めをかける問題は、利害関係も複雑だし、国民の理解を超えたところがある。そんな問題に汗水たらしても票にはつながらない。そんな打算が小泉を強く捉えたのだろう。猪瀬はそんな小泉の打算に応えることで、小泉の強い信頼を勝ち取ったわけである。

なお、この民営化が、公団の利権の解消にあまり効果をもたらしていないことは、先般の朝日新聞の記事からもうかがえる。「高速3社役員数、民営化前の6倍 報酬総額も膨張」と題した今年(2012年)四月十五日付の記事によれば、「旧日本道路公団が民営化されてできた高速道路3社の役員数が、旧公団の約6倍の計51人に膨れあがっていることがわかった。役員の報酬も6倍の計約8億4千万円にのぼる。道路公団民営化は費用を抑えて無駄な道路建設をやめるためだったが、経営陣自ら焼け太りしていた」とのことである。

特殊法人の抱える問題と言うのは、非常に根の深いものがあるので、民営化さえすれば何でも解決すると考えるのは幼稚なことだ。そんなわかりきったことを意識したうえで、猪瀬らが自分のやったことをいまだに自画自賛するのだとすれば、とんだ食わせ物だといわなければならない。




  
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