日本語と日本文化


大嶽秀夫「小泉純一郎 ポピュリズムの研究」


大嶽秀夫氏は「日本型ポピュリズム」の中で、日本型ポピュリストの一人として小泉純一郎を取り上げていたが、この著作「小泉純一郎 ポピュリズムの研究」は、その小泉一人に焦点をあてたポピュリズム研究のケーススタディである。前著が書かれたのが2003年、小泉の評価はまだ現在進行中であったわけだが、この著作は小泉政権が終了した後の2006年に書かれている。小泉についての評価材料が一応揃った時点だったわけである。

日本型ポピュリズムについての氏の定義は前著と同じである。「ポピュリズム政治の特徴は、善玉悪玉二元論を基礎にして、政治を道徳次元の争いに還元する。その際、プロフェッショナルな政治家や官僚を政治・行政から甘い汁を吸う悪玉として、自らを一般国民を代表する善玉として描き、その両者の間を勧善懲悪的ドラマとして演出する」小泉の場合には、このドラマに迫真性がこもっており、そんなことから「劇場型政治」とも呼ばれる。

氏はこうした小泉のポピュリストとしての行動の軌跡を、道路公団改革、郵政民営化、対アメリカ外交、北朝鮮拉致問題への対応という四つのイシューをめぐって浮かび上がらせている。

その中から浮かび上がってくる小泉の姿とは、次のようなものだ。

まづ第一に、小泉には明確な政策やその基礎となる確固とした政治理念はなかった。郵政民営化の問題をのぞけば、閣僚や関係する機関に丸投げし、まるで関心を示そうとしなかったことがそれを物語っている。郵政民営化の問題についても、小泉がどれほどの理念を抱いていたか疑わしい。郵政民営化に小泉が最後までこだわったのは、自らの政治理念へのこだわりというよりも、この問題を自分の政治姿勢のシンボルとして、あるいは手段として利用した側面が強い。

第二に、小泉は、日本の伝統的な政治家にとって必要とされてきた権力基盤(派閥や族議員)を重視しなかった、そのかわりに彼は国民の支持を直接調達するという手法を選んだ。これが小泉のもっともポピュリストらしい側面である。

第三に、小泉は伝統や慣例にとらわれず、その場の雰囲気を踏まえた素人的な判断を尊重したが、そうした態度は外交にも表れた。とりわけ北朝鮮による拉致問題への対応にそうした態度が顕著に表れた。短期間に二度にわたって平壌訪問するという型破りなことをしながら、そこに一貫したシナリオがあったわけではない。その場の雰囲気にしたがって、よく言えば臨機応変、悪くいえば場当たり的な対応をかさねた。その結果、短期的には拉致被害者やその家族の帰国といった成果はあったものの、小泉はその成果に満足して、日朝関係を大局的な観点から進めていくという姿勢に欠けていた。その点にも、人気取り優先の小泉のポピュリストとしての側面が強く表れている。

こうした小泉の政治姿勢の特徴を、氏は次のように要約している。「結論的にいえば、小泉の拉致外交は、外交的に見れば第一回訪朝で全員の帰国を実現する貴重なチャンスを逃し、その後の展開においても経済制裁の行使に消極的であり、核問題解決に何らの貢献もしなかったが、国内政治的には、ポピュリスト政治家にとって不可欠の政治的資源たる小泉に対する国民の支持を回復させることには成功したのである」

ざっとこんなところだが、氏は小泉をこういいながらも、彼を強く批判しているわけではない。小泉自身はポピュリストといわれるのを非常に嫌っているそうだが、それはこの言葉の持つマイナスイメージを嫌ってのことだろう。だが氏は、小泉はポピュリストであり、その限りでいい加減なところが多いといいつつも、人間として愛すべき側面ももっていると評価している。

そうした小泉の人間性も付け加わって、彼を一流のポピュリストに仕立て上げたというわけである。

なお、小泉の権力の源泉を、制度の方により強く求めるか、あるいは小泉という人間のキャラクターの中により強く求めるかで、政治学者の間には意見の相違がある。内山融などは、橋本行革後に成立した新しい権力機構が小泉の権力の源泉になったという見方をしている(「小泉政権」)。氏は、そうした面がないとは言わないが、小泉のポピュリズムは、基本的にはこの男の特異なキャラクターに根差しているとみている。「制度が首相を強力にしたのではなく、首相が制度を強力にした」というわけである。




  
.


検     索
コ ン テ ン ツ
日本神話
日本の昔話
説話・語り物の世界
民衆芸能
浄瑠璃の世界
能楽の世界
古典を読む
日本民俗史
日本語を語る1
日本語を語る2
日本文学覚書
HOME

リ  ン  ク
ブログ本館
万葉集を読む
漢詩と中国文化
陶淵明の世界
英詩と英文学
ブレイク詩集
マザーグースの歌
フランス文学と詩
知の快楽
東京を描く
水彩画
あひるの絵本




HOME日本の政治





作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2008-2013
このサイトは作者のブログ「壺齋閑話」の一部をホームページ向けに編集したものである