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内閣不信任は伝家の宝刀か


今回の菅内閣不信任騒ぎは、日本の政治の仕掛けについて、国民に一定の勉強をする機会をもたらしたようだ。日頃政治システムにあまり感心のない人たちも、権力をめぐる日本的なルールをもう一度考える機会になったのではないか。

三権分立の建前に立脚した日本の憲政にあって、議会による内閣の不信任決議は、行政権の主体である内閣の横暴をチェックするための立法府側(議会)の最後の手段、いわば伝家の宝刀だ。したがって議会がこれを持ち出すのは、よほどのことがある場合だ、と誰もが考えるところだ。

ところが、内閣不信任案の提出自体はそんなに珍しいことではなかった。戦後の日本政治ではこれまでに51回も提出されており、そのうち4回は可決、内閣総辞職に結びついている。

これらのケースをみると、よほどのことでもない限り、野党側の対決姿勢を形式的に表明するに終わるのが関の山だった。それが今回のように国民の関心を集めるような騒ぎに発展したのは、今の日本の政治が抱える病理現象の現れだといえる。

今の日本の政治地図は、衆議院では民主党が圧倒的な数を誇る一方、参議院では与野党が逆転し、いわゆるねじれ国会になっている。ねじれをもたらしたのはほかならぬ菅政権そのものだ。せっかく自民党を倒して政権をとったものの、やることなすこと国民の期待を裏切り続け、前回の参院選で惨敗した。その余震が今でも続いていて、自民党などは一刻も早く総選挙を行い、政権を取り戻そうと躍起になっているわけだ。

これに、民主党が内紛を抱えて一体化できていないことが、敵につけ入る余地を与えている。今回の不信任決議の上程は、与党内のこうした事情を頭に入れてのことだった。与党の一部が賛成するという可能性に期待したからこそ、野党も不信任に向けて強気になり、また与党内の反主流派も政敵に揺さぶりをかけにかかったのだろう。

その攻防があまりにもえげつなく、国民の意思を無視したものであったことは、大多数の国民が指摘しているところだ。

不信任決議を求めるからには、現内閣に代る新しい内閣のアウトラインを提示するというのが最低の礼儀だろう。これが全くなかった。野党やそれに同調した与党内の勢力は、ただただ菅内閣を倒すという一点で野合したに過ぎない、国民はそう感じたはずだ。

もうひとつ、政策の対立軸が明らかでないことも、国民にはおかしなことに映った。

今の政治勢力を概観すると、自民党が最右翼、民主党の小沢グループが最左翼、菅内閣の主流派がその中間といった配置だ。自民党はいまだにブッシュ・小泉の新自由主義路線を大事にしており、震災復興や景気浮揚には市場原理を最大限活用しようとする考えだ。これに対して小沢グループは、子ども手当てや農家の所得保障など大きな政府による社会政策的な政治を目指している。この両者は政策的には水に油だ。

菅内閣は、発足当初は小沢グループの描いた路線を尊重するフリをしていたが、次第に自民党に近い政策を掲げるようになった。菅さんはその先頭に立って、TPP推進など、自由な市場を前提にした、新自由主義的な政策に舵を取る一方、東電の事故処理をめぐっては政府による介入を強めるなど、自民党が主張する破産処理などとは異なった路線を追及している。

こうした勢力バランスを考えれば、自民党と小沢グループが一緒になるなどとは到底考えられない。それが菅という共通の敵を前に、一緒に手を組もうとする。原理原則もあったものではない、党利党略の典型だ。

こんな具合で、今の日本の政治家は、権力を手にするためには、何にでも跳びつく、そんなふうに国民から思われている。そう思われているからこそ、彼らのやることは支持されない。

今回は、不信任案決議の直前に民主党内で駆け引きがおこなわれ、菅さんは党内からの反乱を抑えることに成功した。反対派の代表の一人鳩山前首相に対して、遠からず退陣すると約束する引き換えに、不信任案に賛成しないよう呼びかけ、それを鳩山さんが受け入れたために、小沢グループも機先を制され、反乱の旗を降ろしたかたちになった。

伝家の宝刀も菅さんの老獪さの前では、錆び付くほかはなかったというところだ。

ともあれ、こんな権力争いに現を抜かしている暇があったら、少しは被災地の情況でも視察して、復興に役立つ政策を進めてほしい。これが国民大多数の率直な気持ちだろう




  
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