日本語と日本文化


愛護の若(恋の遺恨と救いのない漂泊)


愛護の若は、五説経の一つに数えられているが、ほかの四つの古い説経に比べると、体裁や内容に幾分かの相違を認めることができる。まず体裁であるが、現存するもっとも古い正本(寛文年間八太夫刊)でも、浄瑠璃と同じく六段ものになっており、この説経が比較的新しいことを物語っている。

内容については、説経の常道通り、神祇の縁起(ここでは日吉山王権現)という形をとってはいるが、ほかの説経におけるような情念のすさまじさを描くという点では比較的あっさりとしている。折口信夫は、この物語の骨格を、継子いじめの話や、本地物語などといった伝統的な要素からなるとしながらも、恋の遺恨という創造が加わっているところに、従来の説経にはない新しいものがあるとした。

しかし、この説経のもとになった物語自体は、ふるい起源をもつ伝説であったらしい。物語の舞台が江州の蝉丸神社の近辺に設定されていることから、恐らく、蝉丸神社を中心に活動していた説教師達のあいだで、語り継がれていたもののようである。

いづれにしても、すべてが新しい創作になるものではなく、長らく説教師のあいだで語られていたものを、説経浄瑠璃という形に再構成し、徳川時代初期における民衆の好みにあうようにして、語られたのであろう。

この作品は、継母による恋の遺恨と、その結果として迫害される主人公「愛護の若」の漂泊と絶望、そして死の物語である。

継母による迫害、いわゆる継子いじめの話は、「落窪物語」をはじめ鎌倉時代から日本の文学作品の主要なテーマともなっており、室町時代に至って大きな発展をみせたとされる。説経においても、「しんとく丸」の中で、継子虐待が主要なテーマに取り上げられている。本作品の場合には、虐待は、継母による恋の遺恨が理由とされており、その点が新しい趣向といえる。

主人公愛護の若は、嵯峨天皇の御代に、二条の蔵人前の左大臣清平が泊瀬の観音に申し子をして授かった子であった。母親が自らの傲慢によって死んだ後、父親は後妻(雲居の局)を迎えるのであるが、この後妻が、こともあろうに継子の愛護の若に懸想をする。そして、その思いが拒絶されるに及んで、愛護の若を罠に陥れるのである。

「しんとく丸」においては、継母はわが子を跡継ぎにするために、継子を陥れるのだが、ここでは、恋の遺恨が、狂った女に復讐をさせている。「けさまでは、ふきくる風もなつかしくおぼしめさるるこの恋が、今は引き替へ、難儀風とやいふべし」

罠にかけられた愛護の若は、誤解した父によって拷問され、桜の古木に高手小手に縛りあげられる。「いたはしや若君は、かすかなる声をあげ、この屋形には、お乳や乳母はござなきか、愛護がとがなきことを、父御に語りてたまはれと、消え入るやうに泣きたまふ、雲居の局、月小夜は、笑ひこそすれ、縄解く人はなかりける」

愛護の若が寵愛していた手白の猿が、主人を助けようとして縄を解きにかかるが、畜生の浅ましさ、小手の縄は解いたものの、高手の縄は解けずして、いましめはいよいよきつくなるばかり。ここで猿が出てくるのは、いうまでもなく、山王権現と猿との、関係の由来を語ろうとするものであろう。

見かねた母親が、閻魔大王の計らいにより、死者の世界から狐の姿を借りて甦り、若の縄を解く。説経のほかの作品では、困窮した主人公を救うのは、おおかた女性の献身的な愛であるが、ここでは、それは死んだ母親の愛なのである。

これ以後、愛護の若の漂泊が始まる。舞台は比叡山とその周辺である。漂泊する愛護の若の身辺には様々な人が登場するが、それらは鋭い対立に仕分けられて描かれている。

まず、若に同情を寄せる人々は、細工と呼ばれる人々や、田畑の助とよばれる叡山の奴婢たちである。細工とは、原文には明示されていないが、刀の装飾をつくる皮革職人のことであり、賎民とされていた者であった。彼らは、愛護の若を導いて比叡山のふもとまで来るのだが、山に登ることを許されない人々である。

「若君様、あれご覧候へや、一枚は女人禁制、又一枚は三病者禁制、今一枚は我ら一族細工禁制と書きとどむ、これよりお供はかなふまじ、はや御いとま」

一方、愛護の若を排除し、迫害を加えるものは、叡山の僧であり、里に住む姥である。叡山の僧は、母親の兄にあたり、若の伯父であるにもかかわらず、その風体からのみ判断して若を排除し、迫害する。里の姥にいたっては、若は里に侵入した秩序の敵でしかない。

ここで描かれているのは、追放されて漂泊の身になったものがたどる、孤立と絶望である。そのなかで、救いの手を差し伸べるものが、同じように迫害される立場にあったものだけだったというのが、この物語を陰惨なイメージのものへ仕上げるもととなってている。

説経のほかの作品においては、主人公の孤立と絶望は、最後には女性の尊い愛によって救われるのであるが、この作品においては、主人公は救われることなく、絶望したままで死んでいく。しかも、愛護の若が身を投げた池の淵から、蛇と化した継母が、死んだ若の遺体をくわえて、現れるというおまけまでついている。

「不思議や池の水揺り上げ揺り上げ、黒雲北へ下がり、十六丈の大蛇、愛護の死骸をかづき、壇の上にぞ置きにける、ああ恥ずかしや、かりそめの思ひをかけ、つひには一念とげてあり、阿闍利の行力強くして、ただ今死骸を返すなり、我が跡問ひて賜びたまへ」

物語の結末には、父親や細工はじめ108人が池に身を投げたとある。折口信夫は、これを以て、室町時代に芽ざし、徳川時代に発展した殉死が取り上げられているものと解釈しているが、この作品の流れの中では、唐突な印象を与えているといわざるをえない。

やはり、作品の背骨をなすのは、漂泊するものの孤立と絶望にあると見たほうが、自然といえよう。


    


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