日本語と日本文化


実盛:平家物語巻第七


倶利伽羅峠で敗走した平家は、体勢を立て直して、加賀の篠原で再び義仲軍と対戦する。しかし平家は、四万の軍を動員したにかかわらず、一方的に破れ、敗戦後鎧を着けていたものはわずか四・五騎という惨憺たる有様だった。そんな平家軍のなかに只一人、異彩を放った武将がいた。斎藤別当実盛である。実盛は七十歳を超える老人であったにもかかわらず、白髪を染めて、若い者に混じって戦った。その勇猛な戦いぶりを、平家物語は同情を込めて語っている。

~又武蔵国の住人長井斎藤別当実盛、みかたは皆落ちゆけ共、ただ一騎かへしあはせ返しあはせ防戦ふ。存ずるむねありければ、赤地の錦の直垂に、もよぎおどしの鎧きて、くはがたうッたる甲の緒をしめ、金作りの太刀をはき、切斑の矢負ひ、滋藤の弓もッて、連銭葦毛なる馬に黄覆輪の鞍置いてぞ乗つたりける。木曾殿の方より手塚の太郎光盛、よい敵と目をかけ、「あなやさし、いかなる人にて在せば、み方の御勢は皆落ち候ふに、ただ一騎のこらせ給ひたるこそ優なれ。名乗らせ給へ」と詞をかけければ、「かういふわどのは誰そ」。「信濃国の住人手塚太郎金刺光盛」とこそ名乗つたれ。「さてはたがひによい敵ぞ。但しわどのをさぐるにはあらず、存ずるむねがあれば名のるまじいぞ。よれくまう手塚」とておしならぶる所に、手塚が郎等遅れ馳せにはせ来つて、主をうたせじとなかにへだたり、斎藤別当にむずとくむ。「あッぱれ、己は日本一の剛の者にぐんでうずな、うれ」とて、とッて引きよせ、鞍のまへわにおしつけ、頸かききッて捨ててンげり。手塚太郎、郎等がうたるるをみて、弓手にまはりあひ、鎧の草摺ひきあげて二刀さし、弱る処にくんでおつ。斎藤別当心はたけく思へども、いくさにはしつかれぬ、其上老武者ではあり、手塚が下になりにけり。又手塚が郎等遅れ馳せにいできたるに頸とらせ、木曾殿の御まへに馳せ参つて、「光盛こそ奇異の曲者くんでうッて候へ。侍かとみ候へば錦の直垂をきて候。大将軍かとみ候へばつづく勢も候はず。名のれ名のれとせめ候ひつれ共、遂に名乗り候はず。声は坂東声で候ひつる」と申せば、木曾殿「あッぱれ、是は斎藤別当であるごさんめれ。それならば義仲が上野へこえたりし時、幼目に見しかば、しらがの糟尾なりしぞ。いまは定て白髪にこそなりぬらんに、びんぴげのくろいこそあやしけれ。樋口次郎は馴れあそンで見しッたるらん。樋口めせ」とてめされけり。

~樋口次郎ただ一目みて、「あなむざんや、斎藤別当で候ひけり」。木曾殿「それならば今は七十にもあまり、白髪にこそなりぬらんに、びんぴげのくろいはいかに」との給へば、樋口次郎涙をはらはらと流いて、「さ候へばそのやうを申しあげうど仕り候ふが、あまり哀で不覚の涙のこぼれ候ぞや。弓矢とりはいささかの所でも思ひでの詞をば、かねてつがゐ置くべきで候ひける物かな。斎藤別当、兼光に逢うて、つねは物語に仕候し。「六十にあまッていくさの陣へむかはん時は、びんぴげをくろう染てわかやがうどおもふなり。その故は、わか殿原にあらそひてさきをかけんもおとなげなし、又老武者とて人のあなどらんも口惜しかるべし」と申しひしが、まことに染て候ひけるぞや。洗はせて御らん候へ」と申しければ、「さもあるらん」とて、あらはせて見給へば、白髪にこそ成なりにけれ。


実盛は一介の武将にかかわらず、総大将の印である錦の直垂を着ていた。本来なら許されないことだが、戦場である加賀が実盛の出身地であるということから、故郷に錦を飾るという意味で、特別に許されたのだ、という事情が語られる。

~錦の直垂をきたりける事は、斎藤別当、最後のいとま申しに大臣殿へ参つて申しけるは、実盛が身ひとつの事では候はね共、一年東国へ向ひ候ひし時、水鳥の羽音におどろいて、矢ひとつだにもいずして、駿河の蒲原よりにげのぼッて候ひし事、老後の恥辱ただ此事候。今度北国へ向ひては、討死仕候べし。さらんにとッては、実盛もと越前国の者で候ひしか共、近年御領に付いて武蔵の長井に居住せしめ候ひき。事の喩へ候ぞかし。古郷へは錦をきて帰れといふ事の候。錦の直垂御ゆるし候へ」と申しければ、大臣殿「やさしう申したる物かな」とて、錦の直垂を御免ありけるとぞきこえし。昔の朱買臣は錦の袂を会稽山に翻し、今の斎藤別当は其名を北国の巷にあぐとかや。朽もせぬむなしき名のみ留めおきて、かばねは越路の末の塵となるこそかなしけれ。




  
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