日本語と日本文化


入道死去:平家物語巻第六



(平家物語絵巻から 入道死去)

平家物語巻第六「入道死去」の章は、清盛の壮絶な最後を劇的な調子で語る。清盛は、宗盛を総大将とする平家軍が東国に向けて出陣する直前に、にわかに熱病にかかり、床に就いた。熱は尋常ならず、四五間以内に近づいただけで耐え難い暑さを感じ、水風呂に入れればたちまち沸騰する有様。もはや助かるまいと思われた。それを知った都の人々は、「それみたことか」とささやきあったが、それは清盛がいかに人徳に欠けていたかを物語る風景であった。

清盛の妻二位殿が妙な夢を見る。牛馬の面をした怪物が燃え盛る車をたてて清盛の屋敷へ入ってきた。その事情を聞くに、清盛は生前の悪行によって無間地獄に行くことになっている。ついては我々が迎えに来たのだ、というのである。妻の夢にさえ、清盛の悪行の報いが現れるのだから、いまや清盛はあらゆる運から見放された形だ。

~同廿七日、前右大将宗盛卿、源氏追討の為に、、東国へ既に門出ときこえしが、入道相国違例の御心とてとどまり給ひぬ。明る廿八日より、重病をうけ給へりとて、京中・六波羅「すは、しつる事を」とぞささやきける。入道相国、病ひつき給ひし日よりして、水をだにのど咽喉へも入給はず。身の内の熱き事火をたくが如し。臥し給へる所四五間が内へ入ものは、熱さ堪へがたし。ただの給ふ事とては、「あたあた」とばかりなり。すこしもただ事とは見えざりけり。比叡山より千手井の水をくみくだし、石の船に湛へて、それに下りて冷え給へば、水夥しく沸きあがッて、程なく湯にぞなりにける。もしや助かり給ふと、筧の水をまかせたれば、石やくろがねなンどの焼けたるやうに、水迸ばしつて寄付かず。をのづからあたる水はほむらとなッて燃えければ、くろけぶり殿中にみちみちて、炎うづまひて上がりけり。是や昔法蔵僧都といッし人、閻王の請に赴むいて、母の生前を尋ねしに、閻王あはれみ給ひて、獄卒をあひ添へて焦熱地獄へつかはさる。くろがねの門の内へさし入れば、流星なンどの如くに、炎空へ立ちあがり、多百由旬に及びけんも、今こそ思ひ知られけれ。

~入道相国の北の方、二位殿の夢に見給ひける事こそ恐ろしけれ。猛火のおびたたしく燃えたる車を、門の内へやり入れたり。前後に立ちたるものは、或は馬の面のやうなるものもあり、或は牛の面のやうなるものもあり。車のまへには、無といふ文字ばかり見えたる鐵の札をぞ立てたりける。二位殿夢の心に、「あれはいづくよりぞ」と御たづねあれば、「閻魔の庁より、平家太政入道殿の御迎に参つて候」と申す。「さて其札は何といふ札ぞ」と問はせ給へば、「南閻浮提金銅十六丈の盧遮那仏、焼きほろぼし給へる罪によッて、無間の底に堕し給ふべきよし、閻魔の庁に御定め候ふが、無間の無を書かれて、間の字をばいまだかかれぬなり」とぞ申しける。二位殿うちおどろき、汗水になり、是を人々にかたり給へば、聞く人みな身の毛よだちけり。霊仏霊社に金銀七宝をなげ、馬鞍・鎧甲・弓矢・太刀、刀にいたるまで、取出ではこび出し祈られけれ共、其しるしもなかりけり。男女の君達あと枕にさし集ひて、いかにせんと歎きかなしみ給へども、叶ふべしとも見えざりけり。


清盛の妻が夫に向かって、何か言い残すことはないかとたずねる。それに対する清盛の言葉がすさまじい。自分の死を丁重に弔う必要はない、謀反人の頼朝の首をはねて、それを我が墓前に掲げよというのである。自分の死後の成仏よりも、眼前の敵を滅ぼすことに執念を燃やす。いかにも清盛らしい最後の言葉と言える。

~同閏二月二日、二位殿熱う堪へがたけれ共、御枕の上に寄ッて、泣々の給ひけるは、「御ありさま見奉るに、日にそへて頼みずくなうこそ見えさせ給へ。此世に思し召し置く事あらば、少しものの覚えさせ給ふ時、仰せ置け」とぞの給ひける。入道相国、さしも日来はゆゆし気におはせしかども、まことに苦し気にて、息の下にの給ひけるは、「われ保元・平治より此かた、度々の朝敵を平げ、勧賞身にあまり、忝けなくも帝祖太政大臣にいたり、栄花子孫に及ぶ。今生の望一事も残る処なし。ただし思ひ置く事とては、伊豆国の流人、前兵衛佐頼朝が頸を見ざりつるこそ安からね。われ如何にもなりなん後は、堂塔をもたて、孝養をもすべからず。やがて打手をつかはし、頼朝が首をはねて、わが墓のまへに懸くべし。それぞ孝養にてあらんずる」との給ひけるこそ罪ふかけれ。

~同四日、病ひにせめられ、せめての事に板に水を沃て、それに伏し転び給へ共助かる心地もし給はず、悶絶躄地して、遂にあつち死にぞし給ける。馬車の馳せ違ふ音、天もひびき大地もゆるぐ程なり。一天の君、万乗のあるじの、いかなる御事在ます共、是には過ぎじとぞ見えし。今年は六十四にぞなり給ふ。老死といふべきにはあらねども、宿運忽につき給へば、大法秘法の効驗もなく、神明三宝の威光もきえ、諸天も、擁護し給はず。况や凡慮に於いてをや。命にかはり身にかはらんと忠を存ぜし数万の軍旅は、堂上堂下に次居たれ共、是は目にも見えず、力にもかかはらぬ無常の殺鬼をば、暫時も戦ひ返さず。又帰りこぬ四手の山、三瀬川、黄泉中有の旅の空に、ただ一所こそおもむき給ひけめ。日ごろ作り置かれし罪業ばかりや獄卒となッて迎へに来りけん、あはれなりし事共なり。さてもあるべきならねば、同七日、愛宕にて煙になし奉り、骨をば円実法眼頸にかけ、摂津国へくだり、経の島にぞ納めける。さしも日本一州に名をあげ、威をふるッし人なれ共、身はひとときの煙となッて都の空に立ちのぼり、屍はしばしやすらひて、浜の砂にたはぶれつつ、むなしき土とぞなり給ふ。


  
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