日本語と日本文化


教訓状:平家物語巻第二



(平清盛像 六波羅蜜寺)

清盛打倒の陰謀が発覚し、自分に災厄が及ぶのを恐れた多田蔵人行綱が、清盛に密告した。怒った清盛は、成親を監禁し、西光を拷問の末虐殺した。西光の子、師高、師経兄弟も惨殺された。清盛は成親も殺そうとするが、嫡男の重盛が教訓して成親の命乞いをした(小教訓の章)。重盛は成親の妹を妻にしていたのである。

清盛は、この陰謀の影には後白河法皇がいると考え、法皇を監禁しようとする。それを耳にした重盛は、急ぎ清盛のもとに駆けつけ、清盛のしようとしていることがいかに臣下の道に反しているか、諄々と教訓をする。その教訓を語ったのが、巻第二の「教訓」の章である。

軍兵を集め、みずからも武装した清盛のもとに重盛がかけつける。文の中で「おとど」と呼ばれているのが重盛である。

~門前にて車よりおり、門の内へさし入りて見給へば、入道腹巻をき給ふ上は、一門の卿相雲客数十人、各色々の直垂に思ひ思ひの鎧きて、中門の廊に二行に着座せられたり。其の外諸国の受領・衛府・諸司なンどは、縁にゐこぼれ、庭にもひしとなみゐたり。旗ざほ共ひきそばめひきそばめ、馬の腹帯をかため、甲の緒をしめ、只今皆うッたたむずるけしきどもなるに、小松殿烏帽子直衣に、大文の指貫そばとッて、ざやめき入給へば、事外にぞ見えられける。入道ふしめになッて、あはれ、れいの内府が世をへうする様にふるまふ、大いに諫めばやとこそ思はれけめども、さすが子ながらも、内には五戒をたもッて慈悲を先とし、外には五常をみださず、礼義をただしうし給ふ人なれば、あのすがたに腹巻をきて向はん事、おもばゆうはづかしうや思はれけん、障子をすこし引たてて、素絹の衣を腹巻の上にあはてぎに着給ひけるが、むないたの金物のすこしはづれて見えけるを、かくさうど、頻りに衣のむねを引きちがへ引きちがへぞし給ける。

~おとどは舎弟宗盛卿の座上につき給ふ。入道もの給ひ出す旨もなし。おとども申し出さるる事もなし。良あッて入道の給ひけるは、「成親卿が謀反は事の数にもあらず。一向法皇の御結構にて有りけるぞや。世をしづめん程、法皇を鳥羽の北殿へうつし奉るか、然らずは是へまれ御幸をなしまいらせんと思ふはいかに」との給へば、おとど聞きもあへずはらはらとぞなかれける。入道「いかにいかに」とあきれ給ふ。おとど涙をおさへて申されけるは、「此の仰せ承候に御運ははや末に成りぬと覚え候。人の運命の傾かんとては、必ず悪事を思ひ立ち候也。又御ありさま、更にうつつ共覚え候はず。さすが我朝は辺地粟散の境と申しながら、天照大神の御子孫、国のあるじとして、天児屋根尊の御末、朝の政をつかさどり給ひしより以来、太政大臣の官に至る人の甲冑をよろふ事、礼義を背くにあらずや。就中御出家の御身也。夫三世の諸仏、解脱幢相の法衣をぬぎ捨て、忽に甲冑をよろひ、弓箭を帯しましまさん事、内には既に破戒無慙の罪をまねくのみならずや、外には又仁義礼智信の法にもそむき候なんず。かたがた恐れある申し事にて候へ共、心の底に旨趣を残すべきにあらず。まづ世に四恩候。天地の恩、国王の恩、父母の恩、衆生の恩是也。其中に尤重きは朝恩也。普天の下、王地にあらずといふ事なし。されば彼の潁川の水に耳をあらひ、首陽山に薇をおッつし賢人も、勅命そむきがたき礼義をば存知すとこそ承はれ。何ぞ况哉んや先祖にもいまだ聞かざッし太政大臣をきはめさせ給ふ。いはゆる重盛が無才愚闇の身をもッて、蓮府槐門の位に至る。しかのみならず、国郡半ば過ぎて一門の所領となり、田園悉く一家の進止たり。是希代の朝恩にあらずや。今これらの莫大の御恩を忘れて、みだりがはしく法皇を傾け奉せ給はん事、天照大神・正八幡宮の神慮にも背き候ひなんず。


重盛が親の清盛に教訓する理屈は、日本は神国であり、その神国の主催者である法皇を捕らえることは神意に反しているというものである。

~日本は是神国也。神は非礼を享け給はず。しかれば君の思召し立つところ、道理なかばなきにあらず。中にも此の一門は、朝敵を平げて四海の逆浪をしづむる事は無双の忠なれば、その賞に誇る事は傍若無人共申しつべし。聖徳太子十七ケ条の御憲法に、「人皆心あり。心各執あり。彼を是し我を非し、我を是し彼を非す、是非の理誰かよく定むべき。相共に賢愚なり。環の如くして端なし。ここをもッて設ひ人怒ると云共、かへッて我とがをおそれよとこそみえて候へ。しかれ共、御運つきぬによッて、謀反既にあらはれぬ。其上仰合せらるる成親卿めし置かれぬる上は、設ひ君いかなるふしぎをおぼしめしたたせ給ふとも、なんのおそれか候ふべき。所当の罪科おこなはれん上は、退いて事の由を陳じ申させ給ひて、君の御ためには弥奉公の忠勤をつくし、民のためにはますます撫育哀憐をいたさせ給はば、神明の加護にあづかり、仏陀の冥慮にそむくべからず。神明仏陀感応あらば、君もおぼしめしなほす事、などか候はざるべき。君と臣とならぶるに親疎分くかたなし。道理と僻事をならべんに、争でか道理につかざるべき」。


重盛は、親の清盛に教訓を垂れた後、もし清盛が法皇に向かって武力を行使すれば、自分は法皇を守護するつもりである故、自分の首を取ってくれと言う。その言葉にさすがの清盛もたじろいで、とりあえず法皇襲撃を思いとどまる。




  
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