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外術を以て瓜を盗み食はるる語 今昔物語集巻二十八第四十


今は昔、七月ばかりに、大和國より多くの馬共に瓜を乗せて、下衆どもが京へ上っていった。宇治の北に、成らぬ柿の木という木があった。下衆どもはその木影にとどまって、瓜の籠を馬から下ろして休みながら、自分用にとっておいた瓜を取り出して食った。

するとその辺に住んでいると思われる老人が現れた。帷を帯で結い、平下駄を履き、杖をついて、瓜を食う下衆どもの傍らに立ち止まり、扇を力弱く仰ぎながら、瓜を食う様子をじっと見つめた。

しばらくして老人は、「俺にもひとつ食わせてくれ、のどが渇いて仕方がない」といった。

だが下衆どもは、「これは自分たちの私物ではないので、ひとつくらい差し上げたいとは思うが、人に頼まれて京に運ばねばならぬ故、やるわけにはいかぬ」と応えた。すると老人は、「つれないお方たちじゃ、老人を哀れと思う気持ちがござらぬのか。どこに持っていくのかは知らぬが、俺は俺でひとつ瓜を作ってみよう」といった。

下衆どもはへんなことを言うやつだと、笑いあっていたが、老人は傍らの木の枝を取って、それで畑を耕した。下衆どもが見ていると更に、老人は食い散らした瓜の種を集めて、地ならしした畑に植えた。すると程もなく、種から芽が出て、双葉が生えてきた。

下衆どもが不思議な気持ちで見守っていると、双葉は瞬く間に大きくなり、葉っぱが茂り、花が咲いて、立派な瓜の実がなった。

下衆どもはその様子を、「これは神様の仕業かな」と恐れながら見ていたが、老人は瓜の実をもぎって食いながら、下衆どもに向かって、「あんたらが食わせてくれぬ故、こうして自分で瓜を作ったのじゃ」といい、下衆どもにもそのおすそ分けをしてやった。また道行く人々にも、振舞ってやった。

瓜を食い終わると老人は、「もう引き上げよう」といって、立ち去り、行方も知れなかった。下衆どもは「馬に瓜を積んで出発しよう」と思ったが、籠の中にはあるべき瓜がひとつもない。手を打って悔しがったが、あとの祭りであった。

下衆どもは、「あの老人はわれらの目をくらませて、籠の中から瓜を取り出したんだ」と後悔したが、いまや行方も知れず、仕方がなくそのまま大和に引き返した。道行く人たちはこの様子を見て、笑わぬものがいなかった。 

下衆どもが瓜を出し惜しみせず、二つ三つでも食わせてやったならば、全部とられることもなかったであろうに。物惜しみしたお怪我で、こんな目にあったのだ。この老人は多分変幻自在なのだろう、その後ついに誰にも行方を知られなかったという。


これは催眠を利用した手品のような話だ。蒔いた種があっという間に実を結ぶというありそうにない話の影には、人を催眠にかけて実物のウリをなったように見せかける仕掛けがあった。

実際今昔物語の時代にこのような仕掛けが行われていたのかどうか、筆者にはわからない。



今は昔、七月許に、大和國より多くの馬共瓜を負せ列ねて、下衆共多く京へ上りけるに、宇治の北に、成らぬ柿の木と云ふ木有り、其の木の下の木影に、此の下衆共皆留まり居て、瓜の籠共をも皆馬より下しなどして、息み居て冷みける程に、私に此の下衆共の具したりける瓜共の有りけるを、少々取り出でて切り食ひなどしけるに、其の邊に有りける者にや有らむ、年極じく老いたる翁の、帷に中を結ひて、平足駄を履きて、杖を突きて出で來て、此の瓜食ふ下衆共の傍に居て、力弱氣に扇打仕ひて、此の瓜食ふをまもらひ居たり。

暫く許護りて、翁の云はく、「其の瓜一つ我れに食はせ給へ。喉乾きて術無し」と。瓜の下衆共の云はく、「此の瓜は皆己れ等が私物には非ず。糸惜しさに一つをも進るべけれども、人の京に遣す物なれば、否食ふまじきなり」と。翁の云はく、「情座さざりける主達かな。年老いたる者をば『哀れ』と云ふこそ吉きことなれ。然はれ、何に得させ給ふ。然らば翁、瓜を作りて食はむ」と云へば、此の下衆共、戯言を云ふなめりと、可咲しと思ひて咲ひ合ひたるに、翁、傍に木の端の有るを取りて、居たる傍の地を堀りつつ、畠の樣に成しつ。其の後に此の下衆共、「何態を此れは爲るぞ」と見れば、此の食ひ散らしたる瓜の核共を取り集めて、此の習したる地に植ゑつ。其の後、程も無く、其の種、瓜にて二葉にて生ひ出でたり。此の下衆共、此れを見て、奇異しと思ひて見る程、其の二葉の瓜、只生ひに生ひて這ひ絡りぬ。只繁りに繁りて、花榮きて瓜成りぬ。其の瓜、只大きに成りて、皆微妙き瓜に熟しぬ。

其の時に、此の下衆共此れを見て、「此れは神などにや有らむ」と恐ぢて思ふ程に、翁、此の瓜を取りて食ひて、此の下衆共に云はく、「主達の食はせざりつる瓜は、此く瓜作り出だして食ふ」と云ひて、下衆共にも皆食はす。瓜多かりければ、道行く者共をも呼びつつ食はすれば、喜びて食ひけり。食ひ畢つれば、翁、「今は罷りなむ」と云ひて立ち去りぬ。行方を知らず。其の後、下衆共、「馬に瓜を負せて行かむ」とて見るに、籠は有りて、其の内の瓜一つも無し。其の時に、下衆共手を打ちて奇異しがること限無し。「早う、翁の籠の瓜を取り出だしけるを、我れ等が目を暗まして見せざりけるなりけり」と知りて、嫉がりけれども、翁行きけむ方を知らずして、更に甲斐無くて、皆大和に返りてけり。道行きける者共、此れを見て、且は奇しみ、且は咲ひけり。

下衆共、瓜を惜しまずして、二つ三つにても翁に食はせたらましかば、皆は取られざらまし。惜しみけるを翁も みて、此くもしたるなめり。亦、變化の者などにてもや有りけむ。其の後、其の翁を遂に誰人と知らで止みにけりとなむ、語り傳へたるとなり。


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