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蛇に嫁ぐ女を醫師もなほせる語:今昔物語集巻二十四


 今は昔、河内の國、讃良の郡、馬甘の郷に住んでいる人があった。身分は卑しかったが、家は大いに富み栄えていた。そのものに一人娘がいた。

 四月の頃、その娘は、養蚕のために桑の木に上って桑の葉を摘んでいた。木は道端に生えていたので、大きな蛇が出てきて木の根元に巻きついている様子が、道を歩いていた人にはよく見えた。そのことを知らされた娘が、驚いて下のほうを見ると、大きな蛇が木の根元に巻きついている。

 娘はびっくり仰天して木から転げ落ちた。その拍子に、蛇は娘にまといついて、娘の陰部の中にもぐり込んでしまった。娘は死んだようになって、木の根元に横たわったままになった。

 両親はその様子をみて嘆き悲しみ、医師を呼び寄せた。早速、その国に非常に名の知れた医師がやってきたが、蛇はまだ娘の陰部の中にもぐり込んだままだ。そこで医師がいうには、
「まず娘と蛇とを同じ床に乗せて、家に連れて行って、庭に置いてください。」
こういわれて、両親は娘と蛇を家の庭に置いたのだった。

 その後、医師にいわれるまま、粟の藁を三束焼き、それを湯につけて汁三斗をとり、その汁を煎じて二斗になし、いのししの毛十把を刻んで粉末にしたものを加えて、あわせ汁にし、娘を逆さづりにしたうえで、上向きになった女陰のなかにその汁を注ぎ込んだのだった。

 一斗入れたところで、蛇は離れて外へ出た。這って逃げるところを、打ち殺して捨てた。その際に、おたまじゃくしのような蛇の子が、いのししの毛を立てた姿で、五升ほども、女陰の中から出てきたのだった。娘はやがて目を覚ましたが、このことを語って聞かされると、「夢を見ていたようでした」と答えた。

 こんなわけで、娘は薬のおかげで助かったことを、ありがたく思ったのだった。

 その三年後、娘は再び蛇に侵入された。だがそのたびは、これも前生の宿因とて、治療することもなく、死んでしまったのだった。

 医師の力、薬の効能の不思議さについて、語り伝えられた話である。



人が獣と交わる獣婚の物語は、民間の説話のなかで語られていたのを、今昔物語集の作者が取り上げたのだろうか。現代人の感覚からすると、おどろおどろしい素材をさらりと語っているから、当時の民衆は、獣について今とは異なった感情を持っていたのかもしれない。

だが蛇だけは、あまりプラスには評価されていなかったようだ。この物語では、蛇が人間の娘に横恋慕して、無理やり婿になるのを、人間の側で退治している。

巻24は、もともと人間の知恵の賢さを強調する話を集めているのだから、蛇はそうした獣退治の対象となるような、厭うべき動物と思念されているわけである。

そこで、娘はいったん、薬の効用によって助けられるのだが、二度目には、これも前世の因縁とあきらめて、治療されることなく死んでしまう。なんとも、やるせないような物語だ。

娘の陰部の中から、蛇の子がおびただしく出てきたというところなどは、思わずぎょっとさせられる。



今は昔、河内の國、讃良の郡、馬甘の郷に住む者有りけり。下姓の人なりと云へども、大きに富みて家豊かなり。一人の若き女子有り。
 
四月の比、其の女子、蚕養の爲に大きなる桑の木に登りて桑の葉を摘みけるに、其の桑の、路の邊に有りければ、大路を行く人の、道を過ぐとて見ければ、大きなる蛇出で來て、其の女の登れまとへる由を告ぐ。女これを聞きて驚きて見下したれば、實に大きなる蛇、木の本を纏へり。

その時に、女こがれ迷ひて、木より踊り下るる、蛇、女に纏ひ付きて即ち婚ぐ。然れば女、焦れ迷ひて死にたるが如くして、木の本に臥しぬ。父母これを見て泣き悲しんで、忽ちに醫師を請じてこれを問はむとするに、其の國にやんごとなき醫師有り、これを呼びてこの事を問ふ。其の間、蛇、女と婚ぎて離れず。醫師の云はく、「先づ女と蛇とを同じ床に乘せて、速かに家に將て返りては庭に置くべし」と。然れば、家に將て行きて、庭に置きつ。

其の後、醫師の云ふに随ひて粟の藁三束を燒く。三尺を一束に成して、三束とす。湯に合はせて汁三斗を取りて、此れを煎じて二斗に成して、猪の毛十把をきざみ末して、その汁に合はせて、女の頭に宛てて足を釣り懸けて、其の汁を開の口に入る。一斗を入るるに即ち離れぬ。這ひて行くを打ち殺して棄てつ。その時に、蛇の子凝りて蝦蟆の子の如くにして、其の猪の毛、蛇の子に立ちて、開より五升ばかり出づ。蛇の子皆出ではてぬれば、女悟め驚きて物を云ふ。父母泣く泣く此の事共を問ふに、女の云はく、「我が心更に物思えずして、夢を見るが如くなむ有りつる」と。

然れば、女、藥の力に依りて命を存する事を得て、慎み恐れて有りけるに、其の後三年有りて、亦此の女、蛇に婚ぎて、遂に死にけり。此の度は、此れ前生の宿因なりけりと知りて、治する事無くて止みにけり。但し、醫師の力、藥の驗、不思議なりとなむ、語り傳へたるとや。


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