日本語と日本文化


谷崎潤一郎の関西観


谷崎潤一郎は関西に移住した後すっかりそこが気に入ったと見えて、空襲が激化して疎開を余儀なくされるまで住み続け、関西を舞台にした多くの作品を書いた。「卍」では、関西弁での一人称形式を取り入れるなど、関西文化に熱を入れていたことが伺われるが、その一方で、関西人の一種あくどさといったものに辟易している様子も見せていた。自然なことながら、谷崎の関西観には複雑なものがあったようだ。

「私の見た大阪及び大阪人」と題する随筆は、そんな谷崎の関西とりわけ大阪の文化や人々の生活ぶりについての印象を語ったものである。書かれたのは昭和7年であるから、関西に移住して9年近くたっている。当初は面食らった関西人との交渉にようやく慣れてきて、そろそろ親しみを感じはじめた頃の印象記である。関西人に対する否定的な観察と、積極的に肯定する部分とがないまぜになって、非常に正直さを感じさせる体のものだが、何分戦前の関西人についての観察であるから、関西人を含めた今日の読者にとって如何ほどの現実性があるかどうか、それは別問題である。

谷崎は、東京人にとって関西というところの居心地の悪さから書き始める。それに慣れるまでには5年から10年はかかるだろうといって、東西の文化の違いを言挙げするのであるが、何がその相違を生む原因となっているのか、谷崎は東西の間に横たわる様々な溝に着目する。

東西両者の相違のうちでも最も目につくのは、生活風習や経済感覚といった物質的な方面であり、谷崎もそこのところを最も強調しているのであるが、それと並んで、精神面における相違にも強い関心を寄せている。読者が面白いと感じるのも、この方面における東西の比較だろうと思う。

谷崎がまず注目するのは、関西人の顔つきや立居振舞についてである。関西人の顔つきをよく見ると、東京人には決して見られない顔つきの者がいる。その顔つきとは、古代の日本人を思い出させるような顔だというのである。「仮に彼らの羽織や、インバネスや、背広服を脱がして、烏帽子狩衣や直垂を着せ、女には市女笠を被らせ、あるいは頭を下げ髪にさせたなら、宛として伴大納言や一遍上人絵巻中の街頭の光景が現出するであろうほどに、その風貌は数百年以前の俤を伝えている。京都に比べると大阪はそれほどでないけれども、前者をお能の面とすれば、後者にも文楽の人形の首ぐらいの古さはある」

これは関西人がいまだに古来の日本人の伝統と、直接連続していることの現れだろうと谷崎は見ているのである。東京は徳川時代に人為的につくられたこともあり、関西程伝統へのこだわりがなかったせいで、伝統とは切れたところがある。それ故西洋風の行儀にも比較的良く馴染み、それに従って顔つきも変わっていった。それに対して関西は、古来の伝統と切れることがなかった。それ故いまだに、平安時代を思い出させるような顔が町を歩いているというわけである。

古代との連続性は女子においてより強く見られるという。関西の女は洋服が似合わないが、それは彼女らがいまだに古来の立居振舞の動作様式が身から離れないせいだと谷崎は言う。そうした動作様式は和服のために発達してきたものであって、洋服とはなじまないというのだ。「西洋の婦人の歩く姿を見ると、左右の臀の肉が交互に出たり入ったりするのがハッキリと分って、その大きな骨盤の上に胴体がしっかり載っかっているが、彼女たちの臀部にはスカアトがひらひらしているばかりで、殆ど肉の感じがしない。これは体格が繊弱な上に足の運びが小刻みなせいもあろう」

もっとも谷崎がこの文章を書いた昭和7年ごろは、東京でも女は和服姿が一般的であったわけだから、谷崎のこの観察は東京の女にも当てはまったにちがいないのだが、それが関西の女にとりわけ顕著に見えたのは、谷崎特有のバイアスのせいかもしれない。

顔つきのみならず、声にも顕著な相違があると谷崎はいう。東京人の声は「カサカサした、ひからびたような声である」。それに対して関西人の声は、「粘っこい、歯切れの悪い、ねちねちした声」である。また、「大阪人の声は往々ドスが利き過ぎるので、東京人が聞くと、たまらない不愉快がこみ上げて来て、胸糞が悪くなることがある。しかも驚いたことに、女でもこれを出すのだ」

しかし、関西人の声には長所もある。特に女の場合はそうで、トータルでいえば東京の女より大阪の女の方が声が美しい、と谷崎は感心する。楽器に例えれば東京の女の声がマンドリンで、大阪のはギターだというのである。マンドリンはあっさりとした音色で、ギターは連綿たる情緒を語るといいたいのだろう。そこで、「座談の相手には東京の女が面白く、寝物語には大阪の女が情がある」ということになるのだろう。

声だけではなく、言葉の使い方にも、東西には大きな相違がある。東京の言葉遣いが文法に忠実で緻密なのに対して、関西の言葉遣いには省略が多く、正確さよりも余韻を貴ぶ風がある。それは日本語が古来もっていた美質で、それを関西の人々はいまだに伝えているのに対して、東京人は西洋文化に毒されて、言葉にも正確さを重んじるあまり、日本語の良き伝統を捨ててしまったのだと言いたげである。

それ故、猥談などをしても、関西の女は品よく仄めかして言うすべを知っており、また商談などでも、相手の感情を傷つけずに自分の意思を表現する手段を知っている。「腹の中では油断なくそろばんを取りながら、どんな時にも露骨にはいわない。それでいて借金の断り、催促、その他義理の悪いようなこと、厚かましいこと、貧乏なことをそれといわずに知らせること、相手に恥をかかせないようにして虫のよすぎることを諷すること、肯定するようにして否定すること、前提だけいって結論を言外に示すこと等、まるで謎をかけるような遠回しの云い方で、何処までも礼儀を失わずに体裁よく防禦し、あるいは攻撃し、それで目的を達するのだから恐ろしい」

こうした言葉遣いの文化がいまだに関西人に伝わっているかどうか、筆者にはよくわからないが、たしかにこうした文化は、東京との対比において目覚ましいばかりか、世界的に見ても珍しいのではないか。「卍」に出てくる女性のような人は、東京は勿論世界中どこを探したっていないに違いない。

東西の経済感覚の違いについても、谷崎は触れることを忘れない。関西人の締り屋ぶりは半端じゃないというわけである。たとえば、「東京の家庭では、御飯のお菜はいくらか余るぐらいに拵えるのが普通だが、大阪では人数きちきちに、少し足りない目くらいに作る。そういえばあの長州風呂と言う鉄の釜の風呂が関西に多いのは、恐らく燃料の節約から来ているに違いない」

長州風呂というのは、「五右衛門風呂」というやつだろう。これなら昔の東京人も使っていたから、別に関西特有というわけでもないと思うが、谷崎の目にはそれが、関西人の吝嗇ぶりを象徴するものとして映ったのかもしれない。

しかし谷崎は次のように言って、関西人とくに大阪人のけちなことを擁護している。「欲張りとか金銭に汚いとかいうけれども、此処は商人の都だ。商人が欲張りなのは当たり前ではないか・・・東京の青白いインテリゲンチア階級よりも、進出的で、男性的で、線が太いだけ、明朗な感じがするようにも思う」


    

  
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