日本語と日本文化


谷崎潤一郎の永井荷風論


谷崎潤一郎は、永井荷風の評価によって文壇に認められたと自覚していたこともあり、生涯荷風に敬意を払った。その谷崎が荷風の文学を正面から論じたものがある。一応褒めているといえるので、往年の借りを返したということかもしれないが、それでいてなかなか辛辣な批評を述べてもいる。「つゆのあとさきを読む」と題した小文のことである。

「つゆのあとさき」は荷風が十数年ぶりに書いた小説である。「隅田川」から「おかめ笹」に至る一連の花柳小説を書いた後、長い沈黙期に入っていた荷風が、今度は私娼を主人公にしたいわゆる痴情小説を書くようになる。その曲がり角をなす作品がこの「つゆのあとさき」であったわけだ。久しぶりに復活した荷風の作品を読んで、谷崎は感じるところがあったのだろう。そこで早速一文を草し、先輩に敬意を表したというわけなのだろう。

荷風は、「珊瑚抄」を書いてことからわかるように、非常に耽美的、享楽的な側面を持っていた。「アメリカ物語」や「フランス物語」などはそうした側面がよく発揮された作品である。そうした荷風の側面については、いろいろな評価があるが、谷崎の場合はそうした側面の方を高く評価していたようだ。ところが、「隅田川」を境にして、荷風の筆は客観的叙述の方向へと逸れて行ってしまった。「自分はそれを読んで、荷風も変わったなとさびしく思った」と谷崎はいっている。

荷風はどう変わったのか。谷崎はそれを、江戸趣味への後退といっている。ここでいう江戸趣味とは、西鶴、春水、紅葉山人に連綿と流れる傾向のことをさす。彼らの小説は徹底した写実主義に立っていて、人間の動きを微細にわたって描き出すが、それでいて西洋の小説のようなあくどさを持ち合わせていない。心理描写などはほとんどないし、思想を云々するようなこともしない。登場人物は無論人間だが、人間でありながら木石同様物としての扱いを受けている。つまり心がこもっていない、木偶の坊同然の扱いをされている。そう谷崎はいうのだ。

こうした傾向は、江戸趣味の小説のみならず、広く東洋文化の特徴だとも谷崎は言う。たとえば水滸伝。これには夥しい人間が登場するが、ひとりひとりの人間には個性がない。みな似たり寄ったりで、その意味では将棋の駒と何ら違いはない。そこから一種のニヒリズムが生まれてくる。西鶴や紅葉の作品にもこうしたニヒリズムが反響しているのであって、そこから登場人物になんら感情移入もできないような、ある意味無味乾燥な世界が展開される、と谷崎はいうのである。

「隅田川」から「おかめ笹」にいたる一連の花柳小説は、花柳界という妖艶な世界を描いているにもかかわらず、そこで展開されるのは、心のこもった人間の物語とは到底いえないしろものである。登場人物はまるで木偶人形であるかのように振る舞い、心のこもらないセックスにうつつを抜かす。そうした傾向は、「つゆのあとさき」にも健在で、荷風は主人公の君江という女を、人形の如く心のこもっていないものとして、つきはなした冷たい筆致で描き出している。

しかしその冷たさが、君江という女の不気味さを描き出すのに、かえって力を発揮しているのではないかとも谷崎はいう。「最も肉欲的な淫蕩な物語を、最も脱俗超世間的な態度で書いている」ところが、いかにも東洋の文人らしく、独特の迫力があるというわけなのだ。

褒めているのかけなしているのかわからないところだが、「つゆのあとさき」が荷風のひとつの転機を現していることは、谷崎も認めるところだったようだ。長い沈黙ののちに、荷風の文体はいよいよ乾いたものになってきた。その乾いた文体が、「肉欲的な淫蕩な物語を、最も脱俗超世間的な態度で」書くことを可能にさせたといいいたいのだろう。

「思うに荷風氏は、長い間心境策落たる孤独地獄の泥沼に落ち込んで、苦しく味気ないやもめ暮しの月日を送りつつあるうちに、いつか青年時代の詩や夢や覇気や情熱を擦り減らしてしまって、次第に人生冷眼に見られるようになられたのであろう。享楽主義者が享楽に疲れるようになれば、大概はニヒリストになるのが落ちであるが、氏もかくの如くにしてその当然の径路をたどられたかと思われる」

谷崎はそういって、荷風の変化の背後について同情のこもった推察をしている。

ともあれ谷崎は荷風の転機を「江戸趣味への後退」と見たわけだが、後退と否定的な響きのある言葉を選んだのには理由がある、と谷崎はいう。「一人荷風氏ばかりではないが、それにしてもそういう人たちの懐古趣味がせいぜい徳川末期、化政頃の戯作者の世界にとどまって、それより古い時代に遡る者の少ないのは何故であろう。何故彼らは江戸文学の狭い範囲にのみ跼蹐して、室町、慶長、元禄頃の上方文学の広い領域へ目を向けないのであろう。比較的近代の産物である江戸情緒のみが特にそういう人たちに牽引力を及ぼすらしいのを私は不思議におもうのである」こう谷崎はいって、荷風の江戸趣味の了見の狭さを非難するわけである。

その江戸趣味は、東京と言う都市への荷風のこだわりにも現れていることは、誰でも気づくことで、荷風こそは東京のローカルカラーを最も意識的に描いた。例えば「つゆのあとさき」のなかでも、銀座界隈、牛込市ヶ谷付近、外堀の土手の景色などが繰り返して描かれているが、それらの文章を読むと、東京という都市の顔が、襞の細部まで見えるような感じになる。

荷風は、小説の中で東京を描いただけではない。東京をテーマにした文章を夥しく書いている。日記「断腸亭日乗」の中でも、東京と言う街を隈なく歩き回ったさまが記録されている。荷風はたしかに東京という都市のローカルな側面に生涯こだわった人だったともいえよう。


    

  
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