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「行人」と「こころ」:漱石を読む


「行人」と「こころ」は、どちらも長い手紙で終っているところが共通している。「行人」の場合には、語り手からその兄の言動を観察して欲しいと依頼された人物が、自分の観察したところを、依頼主である語り手に手紙と言う形でつぶさに報告するということになっており、一方「こころ」の場合では、自殺を決意した「先生」が、自分の半生について語り手たる「わたし」に語って聞かせるということになっている。

「行人」の手紙を書いている者は、小説のなかではいきなり登場してきた人物で、それも友人の弟から友人の言動について観察して欲しいと頼まれたことになっている。この友人は、その観察の結果を手紙の中で披露しているわけだが、親しい友人とはいえ他人の言動にかかわる観察であるから、その手紙の内容は勢い外面的なものになりがちである。一方「こころ」の手紙を書いている者は、自殺を決意した人物であり、その人物がいわば遺書のような形で己の半生を語るのであるから、その内容はある意味鬼気迫ったものがある。この鬼気迫った趣が、「こころ」という小説を更に引締める効果を発揮している。ところが「行人」の手紙は、何故ここに置かれなければならなかったか、必ずしも必然性があるとはいえず、また一篇を引き締めるような効果にも乏しい。むしろ、小説の構成としては、このような形で終っていることは、中途半端な印象を与えるともいえる。

こうした訳で、漱石本人も「行人」における手紙の位置づけに不如意なものを感じたのだろうと思われる。それ故にこそ、「こころ」の中でもう一度手紙を使うことにしながら、その使い方に工夫を加えたのではないか。そうした意味合いでは、「行人」と「こころ」とは、手紙を通じて緊密に結びつきあった姉妹小説だといえなくもない。もっともそれは、あくまでも形式面でのことであり、小説で描かれている内容はかなり異なった趣のものではあるが。

「行人」と「こころ」が似ているのは、「手紙」を有効に使うという構成上の工夫に置いてであるが、それ以外に構成上の共通性には乏しい。「こころ」の方は、かなり厳密な構成に基づいて、計画的に書き進められたというような印象を与えるのに対して、「行人」の方は、そのような印象が弱い。これは一つの骨太のプランに基づいて計画的に書き進められたというよりは、相互にあまり緊密な関連を持たないいくつかのプロットを羅列し、それらプロット相互の間に最小限の関連性を持たせようと、あとから思いついたような形になっている。つまり、「こころ」が厳密なプランに基づく統合性の高い小説なのに対して、「行人」の方は、かなり遊びの要素の強い作品だと言える。漱石はこの小説を、恐らく書きながら考えるというような態度で書き進めたのだと思われるほどだ。

ところで、「行人」が友人の長い手紙で終っていることについて、違和感のようなものを感じるのは筆者のみではあるまい。この手紙は、語り手の依頼に答えるという形で書かれたものなのだが、語り手が何故そのような依頼をなすに至ったか、については必ずしも説得的に書かれてはいない。むしろ、片手間でもよいから、できたら知らせて欲しいというような書き方になっている。それに対して依頼に応えた手紙は、いわば必要以上の詳細さで以て書かれている。いくら友人でも、この詳細さへの動機はどこから来たのか、というような不思議な念を催させる。しかもその詳細な報告に、依頼主たる語り手がどのような気持ちを抱いたか、それが全く触れられないまま、いきなり小説が終ってしまう。そこのところは、読者にとっては聊かフラストレーションのタネになるところだろう。

これに対して「こころ」における先生の手紙には、小説の進行上の必然性というようなものがある。先生は小説の進行する中で、語り手に対して自分の半生をいつか語って聞かせると約束していた。この手紙はその約束を果たしたものなのである。また、その内容には、死を決意した人物の書いたものとして、鬼気迫るものがある。自分は明治と言う時代の終りに殉じたのだというような言い分に対しては、違和感が残らないではないが、先生がこのような手紙を書かずにいられなくなった気持ちは十分に伝わってくる。それがあるからこそ、この手紙が小説の結末をなすのが不自然に感じられない。

しかし、「行人」における友人の手紙には、進行上の必然性も希薄ならば、内容に鬼気迫るものもない。そこには、語り手の兄の心の惑いが触れられてはいるのだが、その心の惑いは第三者の目から見られたものなので、その説明には、精神科医師のそっけない診断のような冷たさがある。文学的な表現と言うよりも、科学的な文章だといった具合である。

こんなわけで、「行人」と「こころ」における手紙の扱い方には、小説構成上に置いても、内容の面においても、大きな隔たりがあると言わねばならない。


    

  
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