日本語と日本文化


漱石と禅:「門」を読む


小説「門」の後半は、宗助の参禅を中心に展開する。漱石自身参禅の経験があるので、この場面は自身の経験をもとに書いたのだと考えられる。漱石は、明治二十七年(二十七歳)の暮から正月にかけての十日ほどの間、鎌倉円覚寺の帰源院に滞在して参禅しているが、その動機は神経衰弱を鎮めたいということのようであった。参禅がどのような効果につながったのか、筆者にはよくわからないが、あるいはこの時の体験を書きたくて、漱石は「門」を書いたのかもしれない。そうだとすれば漱石は、この参禅によって直接的な効果を得ることはできなかったようだ。というのも、宗助の参禅も、彼に大した効果は及ぼさなかったように書かれているからである。

宗助が参禅する気になったのは、負い目のある人物である安井の影が身近に迫ってきて、忘れようとしていた過去に直面しそうになったからである。折角長い時間をかけて忘れかけて来たものが、一瞬にして逆流し、自分の精神を失調させようとしている。その危機を乗り切る方法として、あるいは参禅が有効に働くかもしれない。宗助はそう思って、知人の紹介状を持って、円覚寺の一窓庵を訪ねるのである。宗助の動機が精神の危機であるところが、漱石自身の参禅の動機と類似している。なお、小説の中で一窓庵とされているのは帰源院、そこをまかされている宜道という若僧は雲水の釈宗活、禅の指導をする老僧は円覚寺の管長釈宗演がモデルである。

円覚寺を始めて訪ねた時の様子は、次のように書かれている。「山門を入ると、左右には大きな杉があって、高く空を遮っているために、路が急に暗くなった。その陰気な空気に触れた時、宗助は世の中と寺の中との区別を急に覚った。静かな境内の入口に立った彼は、始めて風邪を意識する場合に似た一種の寒気を催した」

ここで山門と書かれているのは総門のことで、それを潜って右手の丘の上に帰源院がある。小説の中で蓮池と呼ばれているのは妙香池のことで、仏殿の左手をずっと奥に入ったところにある。そして池の先の小高い丘を上ったところに禅堂がある。漱石はこの帰源院と禅堂を往復しながら参禅の日々を過ごしたわけだが、小説のなかの宗助もほぼ同じような毎日を送ったのだと考えてよいだろう。

宗助は、宜道が若年に関わらず自己を厳しく律し、世間から超脱していることに強い印象を受ける。自分にはとてもそんな真似はできないと思う。実際、宗助はこの若い僧になにからなにまで任せきりで、自分自身は何もできないばかりなのに、宜道の方では、宗助の面倒を見ながら、自分の修行も怠らないのである。そんな宜道に対する驚きの感情は、漱石が実際雲水の釈宗活に対して抱いた感情と同じものだったのだろう。

宗助が老師から貰った公案は「父母未生以前本来の面目」というものだった。この公案への見解を寺に滞在する十日程の間に見つけなければならない。宜道は十日間でも見つけられるかもしれないので、あせらずに努力するように進める。かりに見解に達しなくても、努力した分だけいいことがあるから、あきらめるには及ばないと励ます。

禅の公案と言うのは、理屈で答えられるものではない、ということになっている。それは理屈で納得するのではなく、体得するのだとよく言われる。ところが宗助は理屈で以て考え、理屈で以て説明しようとする。そこを老師に厳しく批判される。宗助は結局理屈の限界を超えることができなかった。それ故、公案への見解に達することができなかった。それでも宜道は、座禅したことに意義があったとして慰めるが、宗助には自分にどんな意義があったのか、納得することができない。もやもやとした気分のまま、山を下りざるを得ない。

この時の宗助のやるせない感情は、次のように書かれている。「自分は門を開けてもらいに来た。けれども門番は扉の向こう側にいて、敲いてもついに顔さえ出してくれなかった。ただ、『敲いても駄目だ。一人で開けて入れ』と云う声が聞えただけであった」

「門」という題名は、この場面に淵源しているのだろう。つまり、この小説は、解脱を求める苦行者が自分を迎え入れてくれる世界の門を求める話だというわけなのだろう。門は他人に開けてもらうものではなく、自分で開けて入るものだと。

ところで、宗助の精神的苦境は、ひょんなことで解消される。自分を苦しめてきた友人の安井が、宗助の参禅している間に、大陸へ戻ることになり、彼と接近する危険性が遠のいたのだ。また、弟の小六の身の置き所も決まって、宗助はそっちの悩みからも解放されることになった。つまり、今まで自分を苦しめてきた煩悩のタネが一挙に消えてなくなったのだ。

これは参禅とはなんの係わりもなく、偶然になったことであるが、しかし宗助にとっては重大ななりゆきであった。いまや煩悩から解放された宗助は、愛する妻の御米と共に、ひっそりとした、しかし幸福な毎日を、送っていくことができるようになったのだ。


    

  
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