日本語と日本文化


抗日ゲリラ:大岡昇平「レイテ戦記」


レイテ島の日本兵は、対米戦のほかにフィリピン人のゲリラ部隊とも戦わねばならなかった。第16師団がレイテ島に進駐した昭和19年の春から、早速フィリピン人ゲリラ部隊との戦いが始まり、米軍が上陸して山岳地帯に向け後退した後も、不断にゲリラの攻撃に悩まされた。レイテ島のゲリラ部隊は、カングレオン大佐率いる93師団が中心で、その規模は三個連隊、1500人程度だったと大岡は推測している。一方ゲリラ側は、5000人の兵士を擁し、19年春から同年9月末までの間に、日本軍と307回交戦し、戦士3869、戦傷485、俘虜55の戦果を上げたと自慢している。対して自分側の損害は戦死36、戦傷4、俘虜22と称しているから、これは「笑うべき天文学的誇張である」と大岡も嘲笑している。

レイテに限らず日本占領下のフィリピンでは抗日ゲリラが活発だった。その理由は日本の軍政の稚拙さにあったと大岡は言う。日本軍は基本的には現地調達主義をとっていたから、現地の人々の都合を考えてやることなく、過酷な収奪を行った。加えて、現地発行の通貨の効力を停止するなど、かなり無謀なことまで行った。こうした日本軍の無茶な統治のおかげで、フィリピン人は深刻な危機に陥り、日本への敵意を醸成したというのである。アメリカの統治も酷かったが、日本はそれよりも酷い、日本の統治に甘んずるよりは、もう一度アメリカと手を結んだほうがましだ、という心情がフィリピン人の間に広まり、強力な抗日ゲリラが生まれたというわけである。

米軍もゲリラを積極的に活用した。当初は偵察や道案内といった補助的な役目に限定して使っていたようだが、次第に日本軍掃討作戦の一翼を担わせるようになる。16師団に限らず、レイテ島のほとんどの日本兵が、これらフィリピン人のゲリラ部隊と不断の戦闘状態に巻き込まれていったのである。とはいえ米軍は、決定的な場面ではゲリラにいい格好をさせなかった。ゲリラたちに、自分たちが祖国を解放したという名目を与えないためだったと大岡は推測している。フィリピンを日本の圧制から解放したのは、あくまでもアメリカのマッカーサー将軍でなければならなかったのである。

組織されたゲリラ部隊は、俘虜にした日本兵を殺さずに、米軍に引き渡すことが多かったようだ。米軍が俘虜と引き換えに金を与える方針をとったからだと大岡は言っている。一方日本兵は、ゲリラに対しては厳しく望んだ。ゲリラ本人は無論、ゲリラに協力したフィリピン人も容赦なく殺した。ゲリラのほうでも、日本軍に協力したフィリピン人を殺したので、フィリピン人たちの多くは、日本軍からもゲリラからも逃げ回ったらしい。

フィリピンのゲリラには、カングレオンのような米軍に従属した抗日ゲリラのほかに、フクと呼ばれる共産ゲリラが、ルソン島の北部を中心に活躍していた。フクはフィリピン全体の共産革命を目指していたわけだが、フィリピン人の当面の敵日本をたたく為に、カングレオンらの抗日ゲリラと手を結んだ。これを大岡は、中国における国共合作だったと言っている。対日戦勝利の後で、当然これらゲリラの勢力が強まることが予想されたわけであるが、マッカーサーはそれを許さなかった。戦時中の抗日戦のシンボルであり、マッカーサーと共にレイテ島に上陸したオスメニアを失脚させ、買弁資本家で対日協力者であったロハスを新生フィリピンの大統領職にエスコートしたのである。そうすることで、アメリカの影響力を確保しようとしたわけである。

戦後のフィリピンの政局はなかなか安定しなかった。それは国民の生活よりも自分たちの利益だけをはかる買弁勢力とその背後にいるアメリカのせいだ、と多くのフィリピン人は思うようになった。フィリピン人たちはアメリカに失望していた。彼等は言った、「スペイン人はよくなかった。アメリカ人は悪かった。日本人は一層悪かった。しかし最低なのは二度目に来たアメリカ人だ」

こんなわけで、この本のエピローグを書いた1971年頃には、大岡はフィリピンには大きな反乱が起きるだろうと予感したと言う。しかし実際に起きたことは、マルコスによる大弾圧だった。そのことに関して大岡は、フィリピンが「最も前近代的な反乱と革命が起こる可能性を持つ国」であったにかかわらず、「マルコス大統領による戒厳令が敷かれた。危機は反乱ではなく戒厳令によって解決されたのである。私の見通しは完全にはずれたことになる」と、「補遺」の中で書いている。

大岡はゲリラに同情や期待を寄せていたわけではないと思うが、彼等による反乱や革命が不可避と思われるほどフィリピンの状況は酷いと感じたのではあろう。その陰にアメリカがあったわけだが、その陰と同様な影が日本にも伸びてきて、アメリカは日本をまたぞろ危うい方向に引っ張っていこうとしている、そんな風に考えてアメリカに対して懐疑的になる分、フィリピンゲリラに好意的に傾いたのではないか。




  
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