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草野新平の詩集「マンモスの牙」から夜の海


昭和41年に刊行された草野心平の詩集「マンモスの牙」は、それ以前の十数年の間に草野が詠んだ詩のうちカエルと富士山に関するもの以外を集めたと、草野自身書いているように、雑多なテーマからなっている。だがそれらは戦後における草野の詩業の集大成とも言えるものだから、ひとつひとつにそれなりの迫力がこもっている。

テーマが雑多なほかに、詩の中身もそれぞれユニークなものが多い。筆者がもっとも好きなのは「夜の海」と題する詩だ。詩の中には海が歌われている、その海は悠久の過去から「づづづづわーる」と叫び続けてきた。

ところがその叫び声がいつの間にかマンモスの叫び声に重なる。マンモスもまた「づづづづわーる」と泣き叫ぶのだ。

この詩集を象徴するような一篇といえよう。


夜の海 草野心平

  遠い遠い重たい底から。
  暗い見えない涯のない過去から。

    づづづづ わーる
    づづづん づわーる
    ぐんぐん うわーる

  黒い海はとどろきつづける。
  黒の中に鉛色の液がうまれ。
  鉛色のたてがみをしぶかせて波はくずれ。
  しめっぽい渚に腹匐ってくる。
  鉛の波は向うに生れ。
  また向うにも生まれ。
  そして墨汁色に呑まれてしまう。
  けれどもまた現れて押しよせてくる。

    づづづづ わーる
    づづづん づわーる
    ぐんぐん うわーる

  こんな夜更けの今頃だろう。
  マンモスたちが歩いていたのは。
  かびたアンコロ餅のような匂いをはなち。
  みんな並んで。
  ずるるぬるり。
  大きな饅頭型の足跡をのこし。
  腹は充ち足り。
  幸福そのもののように歩いていた。
  そして向うの一と際黒い闇のなかに。
  もっかりもっかり消えていった。

    づづづづ わーる
    づづづん づわーる
    ぐんぐん うわーる

  九十九里浜の茫漠のなぎさに。
  波は鉛色の唐草模様のレースになって匐いあがるが。
  砂をなめずりまたザザアッと黒い海にもどっていく。
  徹夜してとどろく。
  大きな海の中にもどっていく。

    づづづづ わーる
    づづづん づわーる
    ぐんぐん うわーる


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