日本語と日本文化


草野心平の詩集「富士山」から「作品第肆」


富士山は劫初のときから、巨大な生き物のようにどっしりとすわっているものであるが、またその意味では人間のちっぽけな生命とは正反対な雄大さをかんじさせるものではあるが、時には見る人の近くに寄り添って現れることもある。

そんなひとときの富士の姿を、草野心平が歌ったものが、作品第肆だ。


富士山 作品第肆

  川面(づら)に春の光りはまぶしく溢れ。そよ風が吹けば光りたちの鬼ごつこ葦の葉のささやき。行行子(よしきり)は鳴く。行行子の舌にも春のひかり。 ・

  土堤の下のうまごやしの原に。 ・
  自分の顔は両掌(りようて)のなかに。 ・
  ふりそそぐ春の光りに却つて物憂く。 ・
  眺めてゐた。 ・

  少女たちはうまごやしの花を摘んでは巧みな手さばきで花環をつくる。それをなわにして縄跳びをする。花環が円を描くとそのなかに富士がはひる。その度に富士は近づき。とほくに坐る。 ・

  耳には行行子。 ・
  頬にはひかり。 ・


    

  
.


検     索
コ ン テ ン ツ
日本神話
日本の昔話
説話・語り物の世界
民衆芸能
浄瑠璃の世界
能楽の世界
古典を読む
日本民俗史
日本語を語る1
日本語を語る2
日本文学覚書
HOME

リ  ン  ク
ブログ本館
万葉集を読む
漢詩と中国文化
陶淵明の世界
英詩と英文学
ブレイク詩集
マザーグースの歌
フランス文学と詩
知の快楽
東京を描く
水彩画
あひるの絵本




前へHOME草野心平次へ





作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2008-2011
このサイトは作者のブログ「壺齋閑話」の一部をホームページ向けに編集したものである