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草野心平の詩集「富士山」


富士はカエルとともに、草野心平が愛したものだ。蛙が草野の分身だとしたら、富士は草野の理想が投影したものだといえる。

草野心平には「富士山」と題する詩集が二つある。一つ目は昭和18年刊行、二つ目は昭和41年に棟方志功の版画を添えた詩画集として刊行した。

一冊目の詩集には26篇の詩が収められているが、そのいずれにも具体的な名称による題名は付されておらず、ただ番号がついているのみだ。それに対して二冊目の詩には、普通の題名がついている。

ここでは一冊目の詩集から、三篇を紹介する。


草野心平 富士山 作品第壱

  麓には桃や桜や杏がさき
  むらがる花花に蝶は舞ひ
  億萬萬の蝶は舞ひ
  七色の霞にたなびく
  夢みるわたくしの
  富士の祭典

  ぐるりいちめん花はさき
  ぐるりいちめん蝶は舞ひ
  昔からの楽器のすべては鳴り出すのだ
  種蒔きのように鳥はあつまり
  日本のすべての鳥はあつまり
  楽器といっしょに歌っている
  夢みるわたくしの
  富士の祭典
  
  七色の霞は雪に映え
  七色の陽炎になってゆらゆらする
  鹿や猪や熊や馬
  人はいないか 人もいるいる
  へうたんの酒や女の舞ひ
  標野(しめぬ)の人も歌っている
  ああ
  夢みるわたくしの
  富士の祭典

  遠く大雪嶺からは黄鳥が
  使者になって花を啣へて渡ってくる
  三つの海を渡ってくる


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