日本語と日本文化


野口富士男「我が荷風」


永井荷風といえば、いまでは「断腸亭日常」や「日和下駄」などを通じて、日記作者あるいは東京散策の案内者といったイメージが強いが、かつては偉大な小説家として、日本文学史に屹立する大作家だった。そんな荷風の小説家としての業績を、その生涯の足跡と照らし合わせながら読み解いたものに、野口富士男の「我が荷風」がある。これは、荷風の文人としての全体像に迫ろうとするもので、筆者のような荷風ファンにとっては、非常に裨益されるところの多い研究である。

氏は荷風の幼年時代から筆を起こし、多感な青年時代とヨーロッパから帰朝した直後の秀作時代を経て、荷風が作家としての自己を確立する過程を追っているが、その結果たどり着いた結論は、荷風は女を描くことを自己の文学の核心として自覚し、生涯それを追い求めた作家、つまり性的人間だったというものだ。

この解釈は、荷風のイメージとして今では最も受け入れられているものなので、筆者としてもたいした異論はない。たしかに作家としての荷風は、女ばかり描いた。それも性的存在としての女を描いた。だから、荷風が小説しか書かない作家で終わったとしたら、ポルノ作家という範疇を出ることはできなかったかもしれない。

氏は荷風の小説作品を、大きくふたつのジャンルに区分している。ひとつは、「すみだがわ」から「おかめ笹」にいたる作品群で、氏はこれらを「花柳小説」と名付けている。もう一つは、「つゆのあとさき」から「墨東奇譚」にいたるもので、氏はこれらを「私娼もの」と名付けている。そしてこの両者の間には、荷風40歳から53歳までの間の沈滞期があるといっている。40歳代と言えば、作家にとってはもっとも脂の乗った時期のはずだ。その時期に荷風は殆どまともな小説を書いていないというのである。そういわれてみれば、たしかにそうだ。

ジャンル分けをしたといっても、内容に大きな差異があるわけではない、と氏は言う。花柳小説といっても、花柳界の華やかさや闇の暗さを描くというより、ほとんど枕事の描写に限られている。その点では、私娼ものにおける枕事と変わりはない。だから小説に出てくる女の職業が、片方は芸者であり、もう片方はカフェーの女給と、相互に異なってはいるけれど、やることは同じ、描く内容も同じだと言うわけである。

だから氏によれば、荷風と言う人間は、この枕事を描きたいという一念から、生涯に膨大な数の女と枕を共にしたということになる。そしてその枕の周辺から立ち込める色気を、小説という作品世界に昇華させたのだということになる。

実際、荷風の小説に出てくる女たちにはそれぞれモデルがあると氏は言う。荷風は自分が枕を共にした女たちを創造の糧として小説を書き続けた。荷風の小説はだから、荷風の性欲が昇華したものだ。それ故性欲が消滅した時が、創造力が枯渇するときであり、したがって筆を進めることができなくなる時ということになる。

氏は、「墨東奇譚」を最後として、荷風の想像力は消失したと考えている。その理由は、性欲が焼失したからだ。その辺の事情について、氏はこういっている。「"墨東奇譚"が実際に擱筆された昭和11年以降、荷風の詩魂は急速に衰退した・・・荷風の場合性的人間としての終末感が、作家としての終局に通じる一過程であったことはほとんど象徴的である」

これは、荷風は自己の(性的な)体験をもとにしてしか創造ができなかったという意味だろう。このことについて氏は、「いったい作家としての荷風は、谷崎潤一郎などに比べるまでもなく作品の構想力が薄弱で、なまじドラマティックな構想を立てると妙に芝居じみた趣向倒れに陥る欠点がある」と言っている。そのうえで、「結局彼の場合は虚構ないし具象的現実を組成して、そこから読者に自己の思想を伝達するといった作家的体質よりも、評論家的体質のほうが優位している」

しかし、荷風には評論家的体質とともに、叙情詩人的な体質が混じっていたことも事実であり、この抒情詩人としての荷風が、小説や評論と言った分野を超えて、作品世界に独特の陰影を持ち込み得ているのだといえる。

ともあれ、氏の荷風についての考証は実に綿密である。氏は荷風の作品世界を肌で感じたいという思いから、それぞれの作品の舞台になったところを、自分の脚でくまなく歩いている。また、荷風の枕事を追体験するために、自身も娼婦を買いに深川洲崎の遊郭に出向いたりもしている。その折のことを記述した部分を紹介しよう。

「一間幅の廊下を遣手婆さんに案内されていっても、人間の気配はまったく感じられなかった。そして、敵娼が来るまで床に入って天井を見上げていると、遠浅の海に寄せては返しているらしい波音が低く聞こえてきて、わずかに泥臭のまじった潮の香がした」

昭和10年ごろのことらしい。確かにその頃の洲崎なら、広重描いたところの波打ち際に船漕ぐ光景とそう大差はなかっただろう。それにしても、よくやるものだと感心した。


    

  
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