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永井荷風の江戸演劇論:江戸芸術論から


永井荷風は江戸芸術論中の演劇論「江戸演劇の特質」を、依田学海・福地桜痴らの批判から始めている。依田学海といえば今では殆ど知る者もないが、荷風が生きていた頃にはまだ演劇論者として知られていたようである。その依田学海らの演劇論の特徴を荷風は改良演劇とし称している。改良とは何をさして言うかといえば、それは従来の歌舞伎などのいわゆる江戸演劇が、音響や所作を中心にした様式的な特徴を持つに対して、セリフを多用したリアルなものでなければならないと主張するものである。依田学海はそれを活歴史劇と称した。リアルな歴史劇という意味である。つまり歴史的な出来事をありありと再現することを以て改良演劇の使命としたわけである。

これに対して荷風は、江戸演劇はそれ自体として既に完成した芸術たるを以て、これをみだりに改良すべきではないと主張する。「江戸演劇は舞踏と合せて此を貴族的なる能楽に対照し専ら江戸平民美術として見る時余は多大の興味を感じて止まざるなり。これが為には聊かの改造も却って厭ふべき破壊となる」と言うのである。江戸演劇は浮世絵同様それ自体として完結したものなので、いまさら改造の必要がないばかりか、改造することは却ってそれを破壊することになる。そう荷風は考えたのである。

江戸演劇の神髄はその外形的な美しさにある。外形的な美しさは舞台装置の妙と俳優の演技そしてその扮装の独特さからもたらされる。「江戸演劇は囃子、唄、鳴物、合方、床の浄瑠璃、ツケ、拍子木の如き一切の音楽並びに音響と、書割、張物、岩組、釣枝、波板、藪畳の如き、凡て特殊の色調と情趣とを有せる舞台の装置法と、典型に基づく俳優の演技並びに其の扮装と此の三要素の総合して渾然たる一種の芸術を構成したるものなり」と言うのである。

であるから江戸芸術はセリフではなく外形に命がある。ところが依田学海らの改良演劇は江戸演劇を基礎としながら、その外形を軽んじセリフを重んじるあまり、江戸演劇の命というべき部分を著しく損なった。それは彼らが江戸演劇の性質を究めざる結果であって、謬見に毒されたものと言わねばならない。江戸演劇は西洋の演劇に比較すればオペレッタの如きものにて、決して大袈裟なせりふ劇ではないと言うのである。

西洋のせりふ劇にかぶれたものの眼から見れば、江戸演劇はきわめて間延びしたものに映るだろう。実際荷風自身、欧米視察から帰朝して初めて江戸歌舞伎を見た時には、西洋の演劇に比してせりふや所作が甚だしく緩慢なることに驚いた。しかしこれは西洋演劇を至上のものとして我が江戸演劇を見るからであって、これを純粋な気持ちで見る時は、そこに独特の美しさを見出すに違いない。それができない人は、西洋演劇に極めて毒されているのである。

そんなわけで荷風は改めて、江戸演劇はそのすでに確立した様式を一寸たりとも変えるべきではないと結論するのだ。荷風は言う、「余は江戸演劇をして能ふかぎり従来の形式と精神とを保持せしめん事を希ふものたり。これに対して一部分の改革の如きは決して真正なる新時代の新演劇を興す所以のものにあらず」と。

それ故荷風は、江戸演劇を改良せんとするものを厳しく指弾するのである。「嗚呼わが邦人の美術文学に対する鑑識の極めて狭小薄弱なる一度び新来の珍奇に逢着すれば世を挙げて靡然として此に赴き、また自己本来の特徴を顧みるの余裕なし。これ所謂矮小なる島国人の性質又如何ともすべからざるものか」

かくして荷風散人は、「余は江戸演劇を以て所謂新しき意味における芸術の圏外に置かん事を希望するものなり」と書いてこの一文を結んでいる。

なお小生が荷風のこの一文に興味をひかれたのは、荷風がめずらしく依田学海を強く批判しているからであった。荷風はその他の場所では学海に親しみを感じている。ところがこと演劇の話題になると、ムキになって学海先生の悪口を言うところが小生には面白く感じられたのである。


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