日本語と日本文化


永井荷風「おかめ笹」


「おかめ笹」には小説としてはめずらしく「はしがき」がついている。その中で小説の題名の由来が触れられている。曰く、「そもそも竹は風雅のものなり。しかるに竹に同じき笹のなかにてもおかめ笹は人にふまれ小便をひっかけられて、いつも野の末路のはたに生い茂り、たまたま偏屈親爺がえせ風流に移して庭に植えよとたのみても園丁さらに意とせざる気の毒さ。つまらなき我が作の心とも見よ」

つまりこの小説はおかめ笹の如くつまらぬ作だと言っているわけだが、つまらぬのは小説ばかりではなく、その中に出てくる人間たちも社会の屑のようなものばかりなのである。屑の最たるものはこの小説の真の主人公である芸者たちで、彼女らの一人小花をとりあげて、荷風は次のように毒づいている。「小花はその姉と同じくまたこういう山の手の賤妓一般の例に漏れず年十五六になるを遅しといずれも本所深川浅草辺の貧民窟から周旋屋の手に駆り出されて女工にあらざれば芸者と先天的に運命の決まっている女の一人である。いずれにしても抱えた主の使役と命令とその周囲の習慣に盲従して奴隷の生涯を送るように出来ている女の一人である。影ではいつもうるさいほど不平を言い愚痴をこぼしながら人に悪意地をつけられない限りには自分一人ではどうしようとも考えのつかない意気地のない女の一人である。いくら馴れた馬でも時には荒れて人を蹴ることもあるように急に逃げ出したりあばれたりすることもないではないがその結果は先へ行ってやはりまた別の人の食い物になる女のひとりである」

この文章の中には、芸者に対する侮蔑の感情とともに一分の同情がないわけでもない。だがその芸者たちを食い物にしたり弄んだりする男たちへの荷風の視線はかなり厳しい。ところが面白いことに、この小説は芸者たちを弄ぶ男たちの視線から描かれている。その点は、女の立場から女の視点に立って色町の様子を描いていた「腕くらべ」とはだいぶ違う。この小説は男の視線からみた色町の描写と言ってもよいのである。その男の視線を作者たる荷風の視線が相対化する。つまり視線が二重化しているわけである。この小説の面白さは、この視線の重層化から生まれるのだと言ってよい。

この小説に描かれた色街とそこに生きる芸者たちは「腕くらべ」のそれとはかなり違った趣だ。「腕くらべ」では、新橋という新興ながら結構格式を感じさせる色街で、これも結構垢ぬけて気位の高い芸者たちがそれなりに生き生きとして動いているが、この小説の舞台となっている色街は、「山の手」のあちこちに急ごしらえのように出来たところで、それまであった普通の仕舞屋をそのまま待合に転用し、そこに安物の芸者を置いて安い値段で男をとらせる。言うなれば普通の町の中にぽっかりあいた異次元世界といった趣だ。こういう手合いの色街は、いわゆる赤線地帯の走りとなったものだろう。それが大正に入ってから、山の手をはじめ東京のあちこちに出現した。色街に多大な趣味を持つ荷風散人としては、早速その新しい現象を小説に取り上げざるをやまぬといった誘惑を感じたものと見える。そういう意味でこの小説は、荷風にとっては新たな試みだったと言えるのではないか。

小説の主人公は鵜崎巨石といって売れない画家。自分の甲斐性では食っていけないので、師匠の家へ通勤の執事として通いいくばくかの報酬をもらって食いつないでいる。その巨石の家というのが富士見町にあって、まわりには芸者の待合らしき家が並んでいる。その様子は、「今までさして気にも止めなかったわが家の左隣には名月という待合、右隣りには分松千代蔦と大層長ったらしい名前の芸者屋を始め二階の窓と縁側から見える近所一帯、もし屋根へでも上ったら三番町の愉快までが望み得られるかと思われるありさま、とてもこの汚らしい家の中にじっとしてはいられない」というふうに描写されている。巨石は結局この家を引き払って、芝白金にある師匠の家の近くに引っ越すのであるが、その町というのが、今までの芸者街とはうってかわった寺町だということで、道を歩いては芸者の姿を見るかわりに木魚を叩く音が聞こえてくるばかりである。

師匠は海石といってなかなか評判の高い画家である。その一人息子が翰といって、大学を卒業したはいいがどこにも就職せずに遊んでばかりいる。遊びの金が欲しさに親からせびってくれるよう巨石に頼み込む始末である。このドラ息子に感化されるようにして、巨石も芸者の味を覚えてゆく。なにしろ懐もおぼつかないところからたびたび女を買うわけにもいかない。だが女の味をいったん覚えてしまうと、なかなかその魅力から自由になるわけにもいかない。というわけで巨石は煩悶したりもするのだが、不思議なことに女を抱く機会に結構恵まれるのだ。巨石がこだわっている女は白山の色街にいる女で小花という。その姉というのが三番町の色街にいて、その旦那は巨石がよく見知っている骨董屋である。巨石はその骨董屋との因縁もあってよくそこの待合に出かける機会があったのだが、そうしているうちに、翰共々そこにしけこんでいた時に警察に挙げられてしまうのだ。

この当時待合は違法ではなかったはずだから、客をとっただけで引っ張られることはなかっただろう。荷風もその辺はわきまえていて、花札を理由に検挙されたというふうにしている。だが小説のなかで花札をする場面は出てこないから、客をとったことで挙げられたとしか読者には伝わらない。ともあれ警察に踏み込まれるような待合はいかがわしさに付きまとわれている、そういうことを言いたかったのだろう。

翰はある種の色情狂で一日たりとも女がいないではすまない。それは独身のなせるところだろうと心配した親が適当な娘を嫁にする。すると翰は嫁と楽しむことができるようになって、わざわざ色街に足を運ぶ必要もなくなったと喜ぶ始末。翰にとっては、セックスできれば芸者であろうと嫁であろうと大した違いはないのだ。「翰はやがて何を考えるともなく結婚というものは実に妙なものだ滑稽なものだ。放蕩も結婚も事実の要点においては少しもちがいはない。しかるに一は秘密であり罪悪であるのに一は公明正大でありそして親孝行にもなる」と考えたりするのである。ここで「事実の要点」と言っているのが男女のセックスであることは言うまでもない。この男にとって男女の関係とはセックス以外にはありえないのだ。それは翰ばかりではなく日本の男の大部分がそう思っているはずだと荷風は言いたいようである。

この翰は小悪党にたるにふさわしく自分のかかった性病を嫁に移し、そのために嫁は妊娠中毒症にかかって死んでしまう。この嫁は多少頭が足りないように描かれていたから、彼女の死に同情するものは、亭主や実の親を含めて誰もいない。一方巨石のほうは、嫁の父親の後妻の秘密をつかんだことがきっかけとなって変に運が上向いたあげくに、持ちなれない金をつかまされて、その金で芸者の小花に待合を持たせてやり、自分はその旦那に収まって気楽な生活を享受するというわけである。

こんなわけでこの小説は、かなり人を食ったところがある。読者の中にはこれを読んで気を悪くするものも多いことだろう。男の読書の中にもそれを免れぬものがいるはずだから、まして女性には受け入れがたい小説に違いない。

なお「はしがき」に呼応するように「あとがき」もついている。それによれば「この小説は大正四五年ごろの時代を写したるものと御承知ありたし大正七年以後物価の騰貴人情の変化はなはだしければここに一言お断り致すなり」とある。





  
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