日本語と日本文化


井上靖「あすなろ物語」


井上靖の小説「あすなろ物語」を読んだ。先日読んだ「しろばんば」がなかなか面白かったので、やはり井上の自伝的小説として名高いこの作品も読んで見ようという気になったのである。だが読後感は、期待していたほどのものではない、と言うのが正直なところだ。「しろばんば」に比べて非常に粗削りだし、自伝的小説と言うより、自伝そのものを読まされているような気がした。「しろばんば」にくらべると、文学的な香気というものが足りない、そんな印象を持った。

「しろばんば」は500ページ以上の紙幅を費やして、井上の幼年期のみを描いているのに対し、この「あすなろ」物語は、200ページ余りで幼年時代から壮年時代までをカバーしている。しかも舞台は、戦前の片田舎ののんびりとした光景から、戦争を経て戦後の焼け野原の光景に至るまで、実に多彩だ。これを短い紙幅でカバーしようというのだから、記述が年代記のようになるのは、致し方のない面もある。

幼年時代の部分は勢い「しろばんば」との比較を強いる。「しろばんば」のおぬい婆さんは、ここでは主人公鮎太の祖母りょうということになっている。その親戚にあたる冴子という女性が彼らの住む土蔵にやって来て一緒に暮らし始めるが、そのうち冴子は温泉宿に泊っている大学生と恋をするようになり、それがどういうわけか、最後には天城の雪の中で心中をしてしまう。

この部分は「しろばんば」では、大分異なったものに着色しなおされている。冴子の女性像は、主人公耕作の叔母さき子という形に変形され、その咲子は小学校の同僚教師と恋仲になるものの、心中はしない。そのかわり、子どもを産んでまもなく、肺病で死んでいくということになっている。また、冴子の相手の大学生は、耕作の勉強の面倒をみてくれた教師という形で造形しなおされている。

こんな具合で、「しろばんば」と「あすなろ物語」は、井上やすしの幼年時代を、多少違った切り口で仕分けたともいえようが、「しろばんば」の方が各段すぐれているのは、それが「あすなろ物語」より数年後に書かれ、しかも子供の視点にたって、子どもをとりまく世界を抒情的に描き出していることに由来するのは、いうまでもないことだろう。

「あすなろ物語」には、成就されなかった恋愛が描かれる一方、結婚した女性(妻のこと)と主人公との愛は語られることがない。そのかわり語られるのは、焼跡で知り合った不良少女との淡い恋愛遊びであり、新聞記者の同僚の妹から寄せられた仄かな恋情についてである。

この小説を読んでいると、井上靖と言う作家は、恋愛を描くのはあまり得意ではないのだなと感じる。断定的できびきびとした文体が、男女の間の曖昧な関係を優艶に描くには適していないからだろう。その文体は「しろばんば」では成功していたが、それは子どもの視界にあるものを淡々と描くことによって、かえってその視界を、読むものにくっきりと浮かび上がらせる効果を持ったからではないかと思う。

井上のこうした文体は、男同士の関係を描くのには向いている。この小説には、新聞記者としてライバル関係にある他社の左山という男が登場するが、その男との友情でもなく、かといって敵対でもない、複雑な関係をよく描き出し得ている。たとえば、左山が、或る女をものにした後で、その女との別れ話を、鮎太に依頼するという場面がある。鮎太は左山には反感を覚えているので、その依頼を断る。そのあたりを井上は、実に心憎く描いている。

「君に仲に立って貰って、うまく収めないと、この問題は厄介だな」
「そういう役は辞退する」
「どうしても嫌か?」
「嫌だな」
左山町介は冷たい視線を鮎太に投げると、意味不明な笑いを残して、ついと席を立って行ってしまった。
 左山町介が、佐伯英子と結婚式を挙げたのはその年の秋である。

この短い文章から読み取れるように、文体そのものは乾いていて、しかも論理的である。つまりリアリズムの文体そのものだ。その乾いた文体で男女のことを描くとどういうことになるか。それを井上は実験的に見せてくれるのである。

この小説の最大の見どころは、戦後の焼跡でくっつきあった一対の男女、闇屋の熊さんとその内儀のなんともいえない関係だろう。熊さんは闇屋の商売を、他人の土蔵を無断借用して成功させるくらいだから、生きるバイタリティに溢れている。内儀の方は、がさつな熊さんとはかなり違った世界で育ってきたらしいが、戦後の焼跡で途方に暮れ、一人息子と共に生きていくために、熊さんの情になびいた。しかし、もともと育ちの違う二人のこと、生きていくあてが出てくるとともに、内儀にはガサツな熊さんが堪えられなくなる。その結果は別れ以外しかない。熊さんは一人娘を連れて、伊那谷にある係累を頼って去っていくのである。それを駅で見送っていた内儀が
「おっさん、とうとう往ってしもうた」
そう、ぽつんという。

ここでこの小説は実質的な幕となる。こういう場面を印象的に描き出すのにも、井上の乾いた文体は独特の効果を発揮するようなのである。


    

  
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