日本語と日本文化


旧国名考その四 北陸道、東山道


北陸道は古くは、若狭のほか越前から出羽にいたる地域を総称して「こし=越」の国といった。山を越えた彼方に広がる土地という意味である。ここからまず、越前、越中、越後の諸国が別れ、ついで越前から加賀と能登が、越後から出羽が分かれてできた。

現在の中仙道に相当する道を、古代には東山道と呼んでいた。その街道に沿って、近江、美濃、飛騨、信濃、上野、下野の諸国があった。

若狭 若狭は朝鮮語で往来を意味する「ワカソ」が語源ではないかとする説があるが、根拠が確かなわけではない。だがこの地域が古代より海洋交通の拠点であったことを伺わせて面白い。

越前 加賀 能登 もとこの三国はひとつの国であった。まず能登が、ついで加賀が分かれて独立した。能登はその後越中に併合された時期もあったが、まもなくして再び独立した。

越中 越前、越後とともに、越の国を分割する形で生まれた。律令制定以前のことである。

越後 出羽を含む広大な地域を指していたが、西暦712年に出羽を分離した。

出羽 出羽は古代に黄金を産出したこともあり、同じ東北の地にしては、陸奥より重視されていた。語源は「いでは」つまり稲穂のイメージから来ているものと思われる。羽前、羽後に分かれるのは、明治二年のことである。

近江 近江はもと「淡海=あはうみ」と書いた。淡海とは琵琶湖のことである。後に琵琶湖に対して遠くにある浜名湖を「とほつうみ=遠江」と書くようになり、それとの対比で、近江と書かれるようになった。

美濃 美濃は「蓑」をさすという説もあるが、三野が転化したとする説が有力だ。三つの野が広がる土地という意味だ。三つの野が何かは、よくわからない。

飛騨 飛騨は山襞から来ていると思われる。山に囲まれた地であるから、山のヒダがこの国のシンボルになったのだろう。

信濃 信濃は植物のシナからとられた可能性が高い。きび、つくし、ふさなどと共通する命名法だ。

上野 下野 上野、下野をあわせて古代には毛野(ケヌ)と読んでいた。鬼怒川はこの「けぬ」が「きぬ」に転化したものだ。毛野の語源には、毛のようにふさふさと穀物が生い茂る土地、または毛の生えた野蛮人が住む土地といった説がある。確たることはわかっていない。

ちなみに上野の国守は、上総、常陸とともに伝統的に皇族が勤めることになっており、武士が上野守を名乗ることは許されなかった。あの信長でさえ、上総介に甘んじたほどである。


    

  
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