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お夏清十郎五十年忌歌念仏:近松門左衛門の浄瑠璃


お夏清十郎の物語は、不幸な男女の悲恋物語の極め付きとして、徳川時代を通じて人々に語り継がれたばかりか、昭和の頃まで歌や芝居の題目となってきた。徳川時代の初期に実際に起きた出来事であって、元禄の頃には、芝居や小唄の材料として広く浸透していた。それを西鶴は好色五人女の中で描き、近松は世話浄瑠璃にしたのであった。

近松にとっては、この話は起きてから50年もたっており、民衆の中に深く定着していたこともあって、おのずから他の世話物とは異なった扱いを迫られるものであったろう。起きて間もない事件の場合には、それを取り上げる作者には、人をしていかようにも解釈せしむる自由の幅がある。ところがこのように数十年も前に起きた出来事というのは、民衆の中に一定の受け取り方が根付いているだけに、作者はそれを無視することはできない。

だが、民衆の想像力をもとにしながらも、それを違った色で染め上げることはできる。その色合いの違いが、作品の個性となり、新しい魅力となりうるし、そこが作者の腕の見せ所ともなる。

すでに恋物語の題材としては手あかがついていたと思われるこの物語を、近松があえて取り上げたわけは、こんなところにあったのではないか。

だからだろうか、この作品はほかの世話物に比較して、芝居としての性格が強くなっている。浄瑠璃は芝居なのだから、芝居らしいのは当たり前だが、芝居らしさの中でも、絵空事としての性格が前面に出ている、これがこの作品の大きな特徴になっていると思えるのだ。

絵空事とはどういうことか。それは現実としてありうることかもしれないが、また現実を超えた部分をも併せ持った出来事だ、現実の出来事なら、場合によっては、見ているものは救われない気分になる、だが絵空事であるとわりきれえば、それを突き放した目で見ることができる。

絵空事とは作り物という意味なのだ。作り物なら、気楽に見られるではないか。近松はこの劇を、絵空事としてみるように観客に求めたと考えられる。

近松は当時よく知られていた物語に基づいて、この劇を作った。それでもできた作品は西鶴とはやや違ったものになった。そうなったのは、この劇を絵空事と観客に思わせる工夫が仕掛けられているためだ。その工夫とは、当時人々に親しまれていた小唄の文句を、劇を進行させるための仕掛けとして用いていることだ。

たとえば「向ういくのは清十郎じゃないか」とか、「小舟作りてお夏を乗せて、花の清十郎に漕がせたい」とか、「清十郎殺さばお夏も殺せ」といった文句は皆、元禄時代には流行歌の文句として、誰でも知っていたと思われる。近松はこれらのうたい文句を劇の中で効果的に使うことによって、この不幸な物語は、曽根崎心中の場合のような現実の出来事なんかではなく、遠い昔の、ノスタルジーを反映させた物語なのだと、観客に信じさせることができたに違いないのだ。つまり、この劇を絵空事として、見てもらえたわけである。

さてその絵空事として近松が描いたのは、烈しい女の情熱的な恋である。女が情熱的な恋をすることは、理念としては無論ありうることである。だが近松の同時代人にとっては、ほとんどありえないことだった。

そんな女がいたとしたら、それこそ狂女か遊女くらいにしか考えられなかったに違いない。彼女らなら架空の世界で、絵空事のような生き方をできるかもしれない。だが現実の世界に生きている人々にとっては、そんなことはありえなかったのだ。

そんなありえない恋を、情熱的に生きる女を、近松は美しく描き出した。この作品がほかの世話物と異なる色気を持っているのは、こうした人工的な美しさに起因する。お夏は、曽根崎心中のおはつや心中天網島の小春とは異なり、半ば人工的に作られたキャラクターなのである。だからこそ、この劇の絵空事としてのあり方は、一段と怪しい魅力を発揮することができるのだ。

    

お夏清十郎:西鶴と近松

  
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