日本語と日本文化


出世景清:能、舞曲との連続性


悪七兵衛景清は平家の滅亡に際して最後に輝いた英雄である。その勇姿は平家物語を踏まえて能や古浄瑠璃、舞曲の中で繰り返し謡われ、民衆の熱い支持を得てきた。近松門左衛門もまた「出世景清」を書くに当たり、こうした歴史的な背景を踏まえることで、観客の期待にこたえようとしたに違いない。

いわゆる古浄瑠璃とは、その題材をほとんど、民衆の間に伝わっていた語りの伝統の中に求めていた。説経であったり、幸若舞であったり、そのほかの形をとってはいても、語られる内容はほぼ同じ歴史上の事件に取材していた。そうでなければ、聞くもの見るものの支持を得ることはできなかった。今日のように、作者の発想による新しい物語というのは、存在しないといってもよかったのである。

近松は、「出世景清」のあらすじを舞曲の「かげきよ」からとった。それに能の「大仏供養」と「景清」から、印象的な場面を拝借して、劇に花を添えた。

だがその際に、近松は近松らしい工夫も盛り込んでいる。舞曲の「かげきよ」では「あこおふ」は裏切られた怒りに任せて自ら訴人することになっているが、「出世景清」の中では、阿古屋の訴人は嫉妬に駆られたあげくのやむをえない行為で、しかも自責の念にとらわれながらのことだったとしている。

つまり阿古屋という女性に人間的な弱さをまとわせて見せ、それに対して景清の怒りをぶつけることで、人間同士のドラマを演出しようとしている。

古い浄瑠璃や語り物の世界にあっては、人間としての主人公たちの声が直接表に現れることは珍しかったから、こうした趣向は観客の目には新鮮に映ったに相違ない。そこがこの作品が当たりを取った理由でもあり、また新浄瑠璃と呼ばれるように成るものへの道筋を開いたと評価される所以でもある。

そうはいっても、この作品の構成そのものは、古い浄瑠璃の伝統を踏まえている。全体は5段に分かれ、一段ごとに物語が進行するが、それぞれの段の中で語られるのは、昔から人口に解釈してきた別々の物語といってもよいのである。

この作品は、一段目ではこれが観音の縁起物語であることが語られ、最後の五段目では主人公が仇敵頼朝と和解して日向に国を与えられるところで終わる。そのさいに景清は自らの目を繰り抜くのだが、それは能「景清」で描かれた晩年の景清の姿と辻褄を合わせるための口実なのだ。

その間に挟まれた三つの段の中で、近松は、景清と阿古屋との葛藤、景清と小野姫との情愛の場面を挿んでいくが、それぞれの話は互いに密接な関連を持っていないといってもよいほど、違った趣の話である。

こんなところに、この作品の古い浄瑠璃としての特徴を見出すこともできるように思う。

さて物語は次のような言葉で始まる。

序詞「妙法蓮華経観世音菩薩、普門品第廿五は大乗八軸の骨髄、信心の行者大慈大悲の光明にあづかり奉る
ヲロシ「観音威力ぞ有難き
地「ここに平家の一族悪七兵衛景清は、西国四国の合戦に討死すべきものなりしが、死は軽くして易し生は重くして難し、所詮命を全くして平氏の怨敵、右大将頼朝を一太刀恨み、平家の恥辱をすすがんと落人となり尾張の国、熱田の大宮司にいささかしるべ有りければ、深く、忍びてゐたりけり」

始めに観音信仰のことを持ち出したのは、説経以来の古い伝統にのっとってのことだ。古い語り物はいづれも、これから語る出来事が人間世界での狭い範囲の出来事ではなく、実は神仏がこの世に仮に示現してのことであるから、主人公たちが蒙るつらい運命も、いづれは救済されるものだという慰めを観客に約束していた。

つらいばかりではやるせがなく、見ても聞いてもいられないだろうが、実はそれが神仏の意思によるものだと納得できれば、劇の世界の出来事とはいえ、観客は救いを見出すこともできたのだ。

それはともあれ、この部分で、これから始まる物語は平家の落人悪七兵衛景清が怨敵頼朝を付けねらう物語だということを、観客は知らされる。同じ趣向の物語には、謡曲に「大仏供養」というものがある。観客はそのことをよく知っているから、近松はその謡曲の文句を引き合いに出して、物語を展開していくのだ。

「大仏供養」では景清は春日の里に住まいする母親を訪ねて、これから頼朝を討ちにゆく覚悟を述べる。だが近松はそこのところを作り変えた。景清は熱田神宮の宮司の家に厄介になっており、その娘小野姫とねんごろになっている。そこからこの物語の悲劇の要素が広がっていくという趣向だ。

一段目は奈良の大仏供養の現場にかけつけた景清が宿敵源氏を相手に一太刀演じる場面が中心だ。

地「そっと手並みを見せんずと例の痣丸小脇にかいこみ、多勢が中に割って入り火水になれと
三重「切り合ひける
フシ「時刻も移らぬ
地「其の中に十四五人切り伏せ重忠に見参せんと、ここの詰まりかしこの隈に駈け入り駈け入り騒げども、大勢に隔てられ今ははや是までなり、深入りして雑兵どもに手負ふせられては景清が、末代の名折れなり又こそ時節あるべけれ、いで追払うて落ち行かんと番匠箱を押し開き、大鑿小鑿手斧鋸槍鉋、究竟一の手裏剣と押っ取り押っ取り打ち立つれば、さしもに勇む軍兵どもわっというてはさっと引く・・・悪七兵衛が力業、早業軽業神通業ただ飛ぶ鳥のごとくなりとて恐れぬ、者こそ無かりけれ」

ここの部分は、謡曲の「大仏供養」では次のようになっている。

シテ詞「其時景清又立ち出でて思ふやう。ここ立ち退きては弓矢の恥辱となるべきなれば。今一太刀は打ちあひて。重ねて時節を待つべしと。大音上げて呼ばはりけり。抑これは平家の侍悪七兵衛景清と。
地「名のりもあへずあざ丸を。名のりもあへずあざ丸を。するりと抜き持ち立ち向ひ。大勢にわつて入れば。さしも固めし警固なれども四方へばつとぞ遁げにける中に若武者進み出で。走り懸つてちやうと切れば。ひらりと飛んで。手もとにより。忽ち勝負を見せにけり今は景清是までなりと。少し祈念を致しつゝ。かのあざ丸を。さしかざせば。霧立ち隠すや春日山。茂みに飛び入り落ちけるが。又こそ時節を待つべけれと。虚空に声して失せにけり。

両者ともに、景清が念願を果たせずに、多勢の敵を尻目にいったん引き下がるところで終わっている。謡曲はそこで終りだが、近松はそこから先に、景清の恋物語と、頼朝との和解の物語を引き出していくのである。


    

  
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