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浄瑠璃台本の読み方


近松門左衛門の作品は浄瑠璃のために書かれたものであるから、その内容には浄瑠璃を語るために必要最小限の工夫が盛られている。それは簡単にいえば、語りの本文である詞章と節回しや舞台の進行を指示する節章からなる。今日の出版物の中には、節章を省いて詞章のみを載せるものがあるが、これは文学作品として読む場合にはともかく、浄瑠璃作品として読む場合には、正しいやり方とはいえない。

詞章と節章にあたるものの組み合わせとしては、謡曲のテクストがあげられる。これは能の舞台を進めるために必要最小限の情報を盛り込んだもので、ひとはゴマ譜と呼ばれる記号やさまざまな文字譜によって、謡曲の謡い方や能の舞台進行を再現することができる。

これと同じような工夫が浄瑠璃の台本にもある。今日浄瑠璃は舞台の上で演じられることが少なく、またその音曲たる義太夫節を習う人も少ないので、謡曲のように節章が注目されることは無いのが現状だが、やはり節章についての知識がないと、浄瑠璃の雰囲気を十分に味わうことはできない。

節章はゴマ譜と文字譜(曲節)に大別される。ゴマ譜とはそれぞれの文字の右肩に付されている読点のような記号で、主にアクセントを表す。謡曲の場合にはすべての文字にこれが付されているが、浄瑠璃は一部分だけである。右上がりのものを上げゴマ、右下がりのものを下げゴマという。

文字譜には、音の高低や音色を示すもの、語りとせりふの区別を表すもの、舞台転換を示すものなどがある。

音の高低や音色をあらわすものには、ハル、ウ、色、上、中などがある。ハルははりのある音を、ウは浮き上がったような音を、色は感情のこもった音を、上や中は音の高さを、それぞれ表す。

詞は登場人物のせりふを表し、地は語りの部分を現す。語りであるから拍子に乗るのであるが、地に色がつくと、その部分は拍子には乗らない代わりに、他の部分より感情のこもった語り方が求められる。

舞台転換を表す文字譜の中で重要なのは三重である。これは段落の変わるところでは必ず現れる。そのほか同じ段落の中で、舞台ががらりと変わるところや見せ場となるところへの転換の部分でも現れる、段落の中の大きな区切りを示すものだ。

以上に対して小さな区切りを示すものとして、フシ、スエテ、ヲクリがある。いづれもある小段落から別の小段落への移行を示している。相互の差は微妙だが、フシがもっとも多用される。

参考:山根為雄「浄瑠璃の読み方―節章と曲折」(世界思潮社刊浄瑠璃の世界所収)


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