日本語と日本文化


近松門左衛門と人形浄瑠璃


近松門左衛門が日本演劇史上の巨星として抜きん出た地位を確保するようになったのは、坪内逍遥の功績によるところが大きい。坪内逍遥はシェイクスピアの研究を進める一方、日本の演劇史の中から近松門左衛門を取り上げ、これをシェイクスピアと比較しながら、彼我の演劇の本質について考究したのだが、これによって近松門左衛門は、日本の演劇を代表する作家として受け取られるようになったのである。

近松は徳川時代から「作者の氏神」と評せられ、演劇界では一目置かれた存在ではあったが、坪内逍遥によるこの再評価がなかったら、その名声は狭い世界に閉じ込められ、広く国民的な評価には結びつかなかったかもしれない。

こんなわけで今日の日本人は近松を劇作家として捉え、シェイクスピアの戯曲を読むような感覚で近松の作品を読んでいる。だがそこにひとつの落とし穴がある。近松は厳密な意味では演劇の作者とはいえないような面を持っているのだ。

西洋的な意味合いにおける演劇というのは人間が演じるものであり、主に人間同士の対話からなっている。それに対して近松が書いた作品は人形劇であって、人間が演じることを想定して書かれていない。劇を進行させるものは舞台上に登場する人間の俳優たちによる演技ではなく、太夫といわれる浄瑠璃語りたちによる「かたり」なのだ。人形の動きはこの「かたり」を効果的に演出するための手段なのだという、副次的な役割に留まるのが基本なのである。

このように、近松の世界は演劇ではなく「かたり」の世界の延長線上にあるものだ。「かたり」は日本の芸能史上古い歴史を持ち、特に中世においては、説経、曲舞、幸若舞などのさまざまな形をとって、民衆の心に訴えかける最大の芸能様式であった。それは平家語りを淵源にしながら広がっていったもので、西洋的な感覚から言えばむしろ叙事詩に近いものである。

近松の書いた浄瑠璃を見ていた徳川時代の人々は、それを基本的には「かたり」として受け止めていたのである。語りであるから見るものというよりは、聞くものである。浄瑠璃は眼で見るというよりは、耳で聞くものであり、だからこそ当時の庶民は浄瑠璃を聞きにいくといっていたのである。

今日の読者も、近松の作品をシェイクスピアを読むような感覚では読めない。これは演劇のための台本あるいは戯曲ではなく、「かたり」の台本あるいは叙事詩のようなものなのだ。

とはいっても、近松の作品には叙事詩というには収まりきれない部分があることも確かだ。叙事詩というのは基本的には物語を韻律に基づいて展開することである。そこにはヒーローやヒロインを始めとした人間も当然登場する。しかし演劇と異なるところは、人間の行為や対話は物語のひとつの構成要素にすぎないということだ。

ところが近松の作品に出てくる人物は、物語の構成要素として片付けるには、あまりにも大きな存在感を持っている。それらは生きた人間が演じるのではなく、人形に演じさせるものなのだが、その人形が、時には生きた人間に劣らない迫力で、人間の真実を表現することがある。その真実があたかも人間同士の心の通い合いとして、観客の心に迫るのである。

近松の浄瑠璃が「かたり」でありながら「かたり」の枠に収まらないゆえんは、人形が演じ出すこの人間の生々しさにある。今日の読者もこのことをわきまえた上で近松の作品を読むべきだろう。

「読むべきだ」といったのは他でもない。近松の作品は今日文楽の舞台で演じられることも少なく、これを徳川時代の人々と同じような条件で味わうことは殆どできなくなっているからだ。近松の作品はすでに浄瑠璃の台本という性格を離れて、文学作品として受け入れられるようになっているのである。


    

  
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